第六話

「ここが品川F級異界…!」


暗い洞窟の中、優人は感動を滲ませながら、そうゆっくりと呟いた。

左右に灯った炎が揺らめき、二人の青年を照らしていた。


―――無邪気だな…。


湊は彼の横顔を見ながらそう思った。

自分は一番最初に入った異界が異界顕現だったからなぁ…何てことを考え、今も異界の光景に目を輝かせている優人の後頭部を小突く。


優人は突然の出来事に目を白黒させ、湊の意図に気付くと表情を引き締めた。

湊は先に進むように促し、優人は恐る恐る洞窟の奥へと進んでいった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「湊君…この異界って魔物居るの?」


「あれ?テレビでやってたと思うが…ここは王の間付近まで行かないと魔物は出ないぞ」


優人は顔を赤く染めて、小さく呻き声を漏らした。

恥ずかしいだろうな~で済ますなんて、少し他人事過ぎるだろうか。


俺は悪いと言って、ちょこっとだけ頭を下げた。


そんな事をしていると前から何かを引き摺るような音が聞こえてくる。


「優人、ちょっと止まって」


優人は不思議そうな顔をしてこちらを見ている。

しまった、まだ気付くのが早すぎたか…。

まあ、この程度なら何とでも誤魔化せるか。


「前から魔物が来る。武器を構えるんだ」


優人は驚き、もたつきながら直剣の留め具を外していく。

最初だから仕方ないが、ここは要練習だな…。


そうこうしている内に魔物が目視できる距離までやって来た。


「す…スライム…」


暗い洞窟の中から現れたのは丸みを帯びたフォルムで初心者向け魔物の代表例であるスライムと呼ばれる魔物だった。


その戦闘能力の低さや見た目の愛くるしさから、最近商品化が決定したとか何とか…。


そんな事は置いておいて、優人を横目で確認するが、ビビり過ぎじゃないか?

直剣を持っている手が震えすぎていて、剣の重心がブレブレなんけど…。


「と、取り敢えず俺が見本を見せるから…一旦剣を仕舞っといてくれ」


俺は優人が剣を鞘に納めたのを確認してから、慣れた手つきで協会から借りた剣を引き抜く。


初心者向け魔物であるスライムの倒し方なのだが、これが意外と難しく、習得するのに時間をかける冒険者は多い。


スライムを倒すには動き続ける魔石を破壊する必要があり、上手く攻撃を当てなければ魔法以外は倒す事が出来ない。


よく見て、落ち着いて次に動く場所を予測すれば、簡単に壊すことが出来る。

こんな風に剣を振り下ろし、魔石の位置を片方にずらした後、切り上げの時に移動位置に合わせれば…。


「よっ…と」


まあ、こんなもんだろう。

余り長引かせても不審に思われるし、一撃は変だしな…。


直剣を仕舞ってから崩れ始めるスライムを瓶の中に詰める。


「スライムは早めに瓶に詰めると高く買ってもらえるから、倒したら直ぐに取り出せる位置に瓶を準備しておくと……どうした?」


「いや……何か、凄くて、手際よくて、思わず呆気にとられちゃって…」


……何だか…少し恥ずかしいな。


「…そんなに感動してもらってるところ悪いけど、最低でもこの位は優人もやれるようになってもらうからな」


優人がギョッとした表情を浮かべるが、問答無用。


俺は洞窟の奥に指をさして、次のスライムが来たことを知らせる。

優人は驚きながらも、急いで直剣の留め具を外してスライムへと突貫していく。


……優人は凄いと言っていたがこれは、冒険者に入った人が最初に覚える初歩中の初歩の技術だ。


次に、人型の魔物との戦い方と剥ぎ取り。

此処までを修めることでE級に上がる試験を受けることが出来る。


そっからは……まあ、追々伝えていくとしよう。

つまり、スライムの倒し方なんてE級冒険者になるには必須条件であり、理想プランでは優人に剥ぎ取りまでを2~3週間以内で体得してもらうつもりだったが…。


俺は視線を優人の方へと向ける。

優人の剣には腰が入っておらず、スライムにまともに攻撃が当たっていない。


さて…どうした物か…。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「優人、今日は此処までにして帰ろう」


時間をかけてスライムを倒した後、湊君が突然そう言った。

僕はその言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。


「ご、ごめん!」


「…?何で優人が謝るんだ?」


「だって…っ!」


”僕が不器用だから…。”


声にならない叫びは胸の中で小さく木霊した。

僕は彼に無理を言って、先生役をしてもらっている。


本当なら彼だって自分の事がしたいはずだ。

それなのに、自分の時間を削ってまで僕の手伝いをしてくれている。


けれど僕は今もスライム相手に苦戦して…。


「……もしかして、スライム…強かったか?」


「……んえ?」


「いや、俺の教え方が雑だったし、その、連絡もせずにここ品川F級異界に行くって言っちゃったし…。段取りが悪かったなーって、思って」


何故だか分からないけど、突然湊君の口から次から次へと自虐発言が飛んでくる。


と、取り敢えず止めなくちゃ…。


「湊君は悪くないよ!僕が不器用だったから…」


心の中で留めていた本音が漏れ出て、僕は自分で自分の驚いた。

そんな僕に対して、湊君は不思議そうに首を傾げた。


「そうか?優人は頑張っていたと思うし、最初なら誰だって手こずる物だから、気にしなくて良いと思うけれど…」


「そ、そうなのかな…?」


彼がそう言うと本当にそんな気がしてくる。

いや、実際そうなのかもしれないけれど…。


どんなに僕に自信が無くても、彼が背中を押してくれるだけで出来ると思わせてくれる。


湊君は手際よくスライムの死体を集めると、異界の出口に向かって行ったので、僕も湊君に付いて行くのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・用語紹介


・冒険者の昇級方法


大体の冒険者は冒険者協会が指定しているカリキュラムをこなす事で、昇級試験を受けられるようになり、それを合格することによって上のランクに上がることが出来る。

しかし、一部の冒険者は異界攻略の実績などからカリキュラムの免除、若しくは昇級試験が実力を測る物から人格を測る面接試験に変更されることがある。


一部の噂だが、A級からS級への昇級方法は戦闘系の冒険者の場合S級冒険者との直接対決が試験内容に入るらしい。


・スライムの体液の利用方法


色々。

具体的例を挙げるとすれば、ポーション、美容製品、栄養ドリンク、薬品類、等々。


注意点なのだが、スライムの体液を採取する際、スライムの倒し方の中で一番簡単な魔法を使ってスライムを倒してしまうと、体液が消えてしまうので、ちゃんと核を潰そう。







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