第八話

薄暗い洞窟の中で青年と2体のゴブリンが相対する。

少年は顎を引き、ぎこちないながらも丁寧に剣を構える。


その切っ先は真っすぐゴブリンを捉え、青年は大きく息を吐いた。


先に動いたのはゴブリンの方だった。

二体ともほとんど同時に動き出し、片方のゴブリンが大きく棍棒を振り上げた。


青年は盾に棍棒が振れたと同時に、盾を押し込み、棍棒を遠くへと弾き飛ばす。

体勢が崩れたゴブリンの腹に綺麗にカウンターが決まる。


少し後方で見ていたもう片方は動揺し、一瞬だけ体を硬直させる。

その隙を青年は見逃さず、一息にその距離を詰めた。


そのまま盾で相手を押し倒し、剣を突き立てた。


「―――――――っ!…はぁ―――」


青年は戦いが終わったことで緊張状態が解け、肩から力を抜いた。

そのまま彼が魔物達の解体に移ろうとした時だった。


「いや、それは駄目だって」


青年の後頭部を湊のチョップが襲った。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「痛てて……ど、何処か駄目なところあったかな?」


優人は後頭部をさすりながら、湊に問いかける。

湊は微妙な表情を浮かべている。


「まぁ、戦いに関しては合格ラインは十分超えているし、何ならかなり良かった…が戦闘終了後、直ぐに解体に移るのは良くない」


優人は少しだけ不思議そうな顔をしたが、直ぐに気づいたようで気まずそうに視線を下にスライドさせた。


「まぁ…分かっているようだからそこまで言わないけれど、最後まで気を抜かないように」


「うぅ…了解…」


異界では一瞬の油断が命取りになる。

例えば、さっきだって解体をしている最中に魔物に突然襲われたら、一大事である。

故に、冒険者たるもの異界では何時でも気を抜かず、しっかり周囲に魔物が居ないか確認してから迅速に解体を行わなければならない。


まあ、あまり口を酸っぱく言うべきでは無いだろう。

過信はするべきではないが、自信は付けるべきだ。

何か一つでも自分の中で頼りにできる物が有ると、異界探索の際の安心感は格段に変わる。


その為、優人には何か必殺技…では無いが、自分の中の必勝パターンを作らせた方が良いだろうな…。


俺がそんな事を考えている間に優人は異界の中心へと向かって行く。

本当に、この一月で大きく変わったな…。


最初の頃は剣すらまともに触れなかったと言うのに、今では盾と剣を上手く使いながら、多対一の状況でも冷静に対処できるようになった。


今いる新宿E級異界はF級冒険者たちが挑戦する最初のE級異界によく選ばれる。

それに、E級冒険者への昇格試験の際もこの異界が使用されたりする。


優人はこの異界に挑戦するまでに2週間の間ほぼ毎日、学校が終わっては冒険者協会のトレーニングルーム基礎連をし続け、更に2週間かけて、この異界で魔物との立ち回りを教え続けて来た。


自分の弟子の劇的な進化に俺は思わず目を細めた。


土御門さんもこんな気持ちだったのかな…」


「…?湊君、何か言った?」


やべ、うっかり声に出てたようだ。


「いや…何でもない。それよりもう直ぐで王の間に着くから準備するんだぞ」


「うん、ありがとう」


そう言うと、優人は武器の状態を確認しつつ、中心へと向かって行く。

魔物とも会わず、15分程進むと、2mほどの門が現れた。


「……良し!行こう!」


勢いよく門を開け、優人は王の間に足を踏み入れた。

王の間にはゴブリンが3体とそれらの中心に鉄製武器を持った一回り大きなゴブリンナイトと呼ばれる魔物が居た。

優人は大きく息を吐くと武器を構えた。

その瞬間、ゴブリンナイトの雄たけびで3体のゴブリンが優人へと襲い掛かった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



3体のゴブリンが距離を詰め、一気に優人へと攻め込んでいく。

先陣を切った一体のゴブリンが薙ぎ払うように棍棒を振う。


優人はそれを後ろへ半歩下がることで回避し、右手の直剣を首に突き立てた。

その間に残り二体のゴブリンが同時に背後から強襲する。


優人はそれらにギリギリで反応し、片方をシールドバッシュで弾き飛ばし、もう片方は肘あてで何とか受け止めていた。

その後、優人は残り二体を苦戦しながらも、何とか倒しきり、大きく息を吐いた…その瞬間、優人のすぐ目の前に槍の穂先が現れた。


それを掠りながらも優人は何とか避けきった。


奥の方でゴブリンナイトが小さく舌打ちを打つ。

先程の一撃で決める気だったのだろう、ゴブリンナイトは苛立ちを隠そうともせず、荒々しく腰から両手剣を引き抜いた。


一方で湊は、ゴブリンナイトの不意打ちに優人が気付けるか微妙だったため、体内で魔力を練りきっていた。

そんな事も露知らず、優人は異界の王との直接対決に全神経を注いでいた。


大きく息を吸い、吐き出す。

優人の集中力はピークに達し、目の前の魔物の一挙手一投足が手に取るように分かった。


互いに視線がぶつかり合い、間合いを測る。

瞬間、戦士たちは同時に駆け出した。


ゴブリンナイトは両手剣のリーチを生かし、横から全身全霊の薙ぎ払いを繰り出す。

優人はリーチの長さから回避を諦め、盾で受け止める事選んだ。


鉄と鉄がぶつかり合い、王の間に甲高い音が響き渡る。

その中で小さく何かが砕ける音がしたのを湊は聞き逃さなかった。

優人は歯を食いしばり、衝撃を受け止めようと踏ん張るが、受けきれず壁へと吹き飛ばされる。


「あ”がっ……」


優人は小さく悲鳴を上げると、その場に蹲った。

ゴブリンナイトが蹲る優人へと近づくがまだ湊は動かない。


ゴブリンナイトは勝利を確信し、深い笑みを浮かべる。


―――今だ!


【無属性魔法・フラッシュカウンター!!!】


優人が勢いよく立ち上がり、両者の剣がぶつかり合った瞬間、優人は体内で練り上げた魔力を解放し、その手に持った剣が白く閃いた。

ゴブリンナイトの両手剣を弾き飛され、その体勢を大きく崩す。


そのまま優人が馬乗りになり、心臓部位に全力で剣を突き立てた。


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!」


長い断末魔の後、遂にゴブリンナイトは生命活動を停止した。


優人は緊張が解け、その場で大きくバランスを崩した。


「おっと……お疲れ様」


倒れ込む前に湊が支えるが、既に優人の意識は無くなっていた。

湊はマジックバックの中から、ちょっと高めのポーションを取り出し、優人の腕と背中に振りかける。


湊は協会から借りた直剣を添木代わりにし、優人の骨を固定させる。

湊は優人を背負って、帰りようの門から外へと出て行った。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「お…目が覚めたか」


異界から脱出して40分程で優人は目を覚ました。

俺はテキストをやっていた手を止め、優人の方へと向かう。

優人は虚ろな目で辺りをゆっくりと見回して、起き上がろうとした。

俺はそれを急いで止めて、もう一度ベッドに寝かせた。


「あの…ここは何処なの…?」


湊はまだ起きたばかりで意識が朦朧としているのか、舌っ足らずな声でそう問いかけた。


「ここは協会に有る治療室だ。まだ頭とか痛いだろ?取り敢えずゆっくり休みな」


俺が布団をかけなおすと優人は穏やかな寝息を立て始めた

始めての異界の王戦、正直、あそこまでできると思っていなかった。


【フラッシュカウンター】を使う寸前まで、俺は優人が魔力を練っていることに気付かなかった。


幾ら簡単な魔法とは言え凄まじい魔力操作だ。

もしかしたら、優人は俺の手助け無しでB級…もしかしたらA級にすら手が届く才能の持ち主なのかもしれない。


…まあ、気長にやって行こう。

この調子で行けば2年生に上がるくらいにはD級冒険者になっているだろう。


俺は先程までやっていたテキストにもう一度向き合った。

そこに書かれていたのは摩訶不思議な数式や図形たち、俺はそれらを眺め数分間思考し続けると、小さな声で一言呟き、ペンを宙に放り投げた。


「……分からない」


俺はテキストと睨めっこをして、一時間過ごし、起きた優人に異界で得た報酬を手渡した。

折角なので、初めての異界攻略祝いに何かしてあげようと思ったが、流石に大きな怪我をしたばかりなので、また後日にすることにした。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



異界攻略から一夜明けた日の事。

優人から一通のメールが届いた。



『湊君ごめん、高橋君に僕たちが冒険者協会から出て来たところを見られてたみたい…。』



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・用語紹介


・【無属性魔法・フラッシュカウンター】


無属性魔法の中でもオーソドックスな魔法。

初級に分類されるカウンター魔法で、発動した際に触れている物体を弾き飛ばすと言う、自動パリィをしてくれる魔法。

しかし、発動タイミングがかなりシビアで、F級程度の魔力量だと発動時間はおよそ0.1秒、つまり猶予3フレームのカウンター技である。


結論から言えば実用的ではない。しかし、そこそこ利用価値が有るので近距離戦闘職の方は覚えていて損はない。


・ゴブリンナイト


武器を装備したゴブリンの事。

普通のゴブリンよりも頭が良いので倒すのがちょっと面倒。

F級冒険者のトラウマとも言われる程面倒な魔物である。


・新宿F級異界


今回二人が攻略した異界の事。

今まで何回もE級昇格試験が行わているくらいF級冒険者には難しめの異界。

正直、優人に初めての異界攻略でこの異界を指定した湊はやっぱり低級冒険者達の常識を理解できていない。



・高宮優人のステータス紹介


高宮優人 16歳  lv12


力180

速160

防220

功190

魔200


スキル

無属性魔法…lv4

魔力操作…lv5。

魔力探知…lv3

身体強化…lv7



湊にぶん殴られ続けて防御力寄りになってしまった。

しかも防御力を上げるために身体強化を続けていたせいで魔力にも大幅な強化が加わり、魔法タンクと言う湊の想像の斜め右上に行ってしまった。

当初の湊の予定では高速魔法剣士と言う感じで行こうと思っていたのだが、想像以上にパリィが上手かった事と優人自身のタンク適性が高すぎた為、計画を変更した結果こうなった。


実は魔法タンクと言うのは結構初心者冒険者の中ではメジャーなので一番適当だったと言える。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

皆様に誤字訂正のご報告がございます。


第一章の9話と最終話にあるステータスの部分にlvの記載が抜けており、【鷹ノ目】のステータスに誤った点がございました。

それに加え、【色彩の魔術師】を【大魔導士】誤って記載しておりました。

更に、コメント欄でご指摘があった誤字や、その他所々誤字がございましたので訂正させていただきます。


lvに関しては、9話にある甲斐亮太がlv191、月宮優奈がlv198、最終話の【鷹ノ目】がlv17983で功の部分が104700、天城湊がlv―――――――となっております。


どれも訂正しておきますので何卒よろしくお願いいたします。

この度は誤った記載のせいで皆様を混乱させてしまい申し訳ございません。

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