第12話

『やあ【剣王】、元気かい?私が居る明治神宮の方は特に問題ない。班のメンバーとはもう会えたかな?』


「ちゃんと会えましたし、今の所、怪しそうな人は居ませんよ」


人でごった返すスクランブル交差点を眺めながら、俺はカフェで椅子に座っていた。

横目で受付を確認すると、班のメンバーがトレーを持ってこっちに来ているのが見えた。


「班の人達がこっちに来たので一回切ります」


『分かった、何かあったら直ぐに連絡してくれ』


無線機から聞こえてくる音が無くなり、白色のブレスレットが付いてるのを確認してから視線を向かって来る2人の方へ向ける。


「席取っといてくれてありがとうね。これ、適当に選んだんだけど…大丈夫かな?」


恐らくストロベリーだろうか、薄く赤みがかった紅色の液体をこちらに手渡しながら、2人は俺の隣に座った。


「いやー……それにしても湊君も大変だよね、折角の大晦日なのに仕事が入るなんて…」


そう言って苦笑いする女性と男性。

二人はB級ギルド、”古時計の喫茶店”のギルド長”夕凪ゆうなぎ めぐり”さんとその旦那さんで副ギルド長の”夕凪 景士かげひとさんだ。


何やら、喫茶店をギルドメンバーと一緒に経営しているらしく、ギルドの施設と喫茶店が一つになっているらしい。


そのお二人と今日俺は一緒にパトロールをする……と言う事になっている。


そう…任務中の俺は年末年始に都心のパトロール任務を入れられた哀れな高校生C級冒険者の天城湊と言う設定である。


その為、今俺の腕にはステータスを偽装する白色のブレスレットが身に着けられている。

これのお陰で、鑑定のスキル持ちの人にも俺のステータスがC級の物に見えてるはずだ。


景士さんは後方支援を主に担っていて、鑑定スキルもかなりの練度となっているらしい。

なので、バレるかどうか心配だったが、どうやら杞憂だったらしい。


上手い具合に魔力を隠しつつ、探知スキルと身体強化による五感の強化で辺りを警戒していく。


二人が適当に頼んだくれたフラペチーノなのだが、とても美味い。

今度仕事が無い時に叔母さんに買って来てあげようかな…。


そんな事を考えながらも、探知は怠らない。

探知範囲は半径10㎞まで広げている物の今の所、何も探知には引っかかっていない。


やっぱり、結構きついな…。

五感をフルに使っている為、人々の雑踏、喧噪、その他諸々がダイレクトに耳に入って来る。


だから、肉体的な疲労、と言うよりかは精神的に、脳みその処理がキツイ。


今すぐ静かな山小屋の中でスローライフを送りたい。

別に神経の痛みとかは我慢できるんだが、流石に人の会話一つ一つが聞こえるとなると、ちょっと辛い。


一人一人の情報をきちんと処理する必要がある為、脳みそがかなり疲れる。


それでも、感知している範囲の人々はみんな笑っていて、これを見るだけで俺の努力が報われているような気がして、気合が入って来る。


静かに目を閉じて、途切れかけていた集中をもう一度繋ぎなおす。


「それじゃあ、行くわよ。貴方、湊君、準備は出来てるわね?」


丁度二人も休憩を終え、パトロールに戻るそうだ。


外を巡回しながら、今の状況を確認する。

今の所、怪しいと感じたのは38人、それら全てを警戒しながら、全体にしっかりと注意を払っていく。


来るなら来い、俺の準備は出来ている。

俺は腰に差してある短剣を強く握った。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


湊との通話を切って、小さく溜息を吐く。

そんな私を見かねたのか、隣に居た秘書が声をかけて来る。


「会長…そろそろお休みになってはいかがでしょうか、2日前から働きっぱなしじゃないですか」


心配そうにそう言う彼女に笑いかけて、首を横に振る。


「あの子が、湊が頑張っているんだ。大人である私たちが先に休んでどうする」


思い出すのは4年前の事。

大規模異界顕現”百鬼夜行”が突然消失、その中央で倒れ込む彼を私たちは保護した。


目が覚めた彼の目を見て、私たちは恐怖すら感じてしまった。

彼の様な歳の子がしていい目じゃない。


光の映らぬ真っ黒な瞳には、生きているのか死んでいるのか判断が付かない程だった。


何も口にしようとせず、ただベッドの上で力なく項垂れる彼が変わったのは何時だっただろうか…。


そんな事を考えていると入り口辺りが騒がしくなってきた。


「さ、人も多くなって来た。私たちも持ち場に戻るとするか…なっ!」


〈風魔法・鎌鼬〉


民間人の後方に隠れる人物に対し、風の刃を放つ。


「…っ!一体何処から…!…敵が来ました!皆さん、準備を!」


「……総員、構えろ…来るぞ」


黒い外套に身を包んだ者達が次々と民間人の方へと駆けて行く。


「舐められたものだなっ!」


〈水魔法・水牢〉〈雷魔法・飛電〉


民間人を水で覆い、牽制として魔法を打ちこむ。


攻撃を打ち込んだことで少しだけ時間が出来た。

その数瞬の間に私は魔力を練り、形を作っていく。


「〈来たれ十二天将が一人、【貴人】〉」


これだけで詠唱は完了だ。

練り上げた魔力が形を成し、明確な輪郭を持っていく。


その間に無線機を確認するが電波が阻害されているようで繋がらない。


「仕方ない…速いとこ全員捕縛して、湊たち伝えなければな。」




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



人々が溢れる渋谷の街、高層ビルの屋上からそれを見つめる怪しい影が二つ。

彼らは目元以外をすっぽりと覆う黒い外套を身に纏い。

夜の闇に紛れていた。


「おい、そんなに前に出るな。見つかったら、この計画も水の泡なのだからな。」


「あ”?バレる訳ねーだろ、他の場所にしかS級は居ねーんだからよ。心配し過ぎだろ。」


二人は機械音の様な声を出しており、その不気味さを引き立たせていた。


「あいつらは幸せもんだなぁ、今からここが楽園に代わるんだからな。」


奴らは街を見下ろし、うすら笑う。

これから始まる楽園を想像し、奴らは笑う。


そこには純粋にして狂気的な善意があった。


「ああ、そして、我々も彼らを導く一助となるのだ。これ程まで光栄なことは無いだろう。」


二人は懐から禍々しい魔力が溢れる赤黒い鍵を取り出す。


〈気配遮断、影なる物、煙幕〉

〈魔力遮断、隠蔽、気配遮断〉


取り出した瞬間、二人は同時にスキルを使い、自分たちの存在を極限まで隠す。


恐らく誰が見ても、そこに人が居るなんて気付かない。

まして、魔力の痕跡など、誰であろうと気付かないだろう。


そして彼らは駄目押しと言わんばかりに、複数の魔道具を使って自らの魔力を隠していた。


彼らは自分たちの成功を確信した。

誰もこちらを見ていないし、気付きもしない。


パトロール中の冒険者たちは気付くことなく呑気に歩いている。


しかし、彼らの深まった笑みに一瞬、影が差す。


偶然かもしれない、それでも、リストに入っていたB級冒険者の横に立つあの少年の目は確りと我々を射抜いて……。


瞬間、二人を襲う凄まじい衝撃、肩から腰に掛けて一直線に走った衝撃は二人の意識を完全に刈り取っていき、その場には、白い外套に身を包んだ剣士が佇んでいた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


・キャラクター紹介


・夕凪 廻


B級ギルド、古時計の喫茶店のギルド長。

記録上はB級冒険者と言う事になっているが、実際はA級に入る程の実力を有した前衛職。

夫と二人三脚で冒険者業を営んでおり、現状の喫茶店と併合したギルド営業を好ましく思っている。

彼女の得意魔法は時間魔法と呼ばれる極めて珍しい魔法で、魔力量が他の人よりも少ない為、旦那の補助魔法でそれらを補っている。

彼女自体、気難しい性格ではあるが、夫婦の仲は良好である。


・夕凪 景士


B級ギルド、古時計の喫茶店の副ギルド長

彼も妻同様、A級レベルの補助魔法使いで、とても優秀である。

とても明るく、朗らかな性格の為、主人公とも初対面でかなり打ち解けている。

妻とは幼馴染で、幼い頃から彼の天然で妻を振り回している。

とても良い人である。


・【統率者】…土御門 緋織


日本ランキング№1冒険者。

式神術を使用して戦う召喚士である。

彼女曰く、「純粋な戦闘能力だけで見れば、【剣王】が最強だろう。しかし、全体的な実力においては私が一歩先に行くだろう」との事。


主人公を大切に思っており、半ば家族愛の様な物を感じているとかいないとか。

本心は彼女のみが知る。



・用語紹介


・魔法②


発動方法に幾つもの手段がある。

例えば、魔法陣や魔道具、神楽等の舞や儀式、等が挙げられているが他にもいくつか存在している。


より、手順が多く難しい魔法であればある程、強力な魔法を発動させることが出来るが、決してそれが魔法の威力の絶対的な基準、と言う訳では無い。

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