第13話


「い、意外と危なかった~」


ビルの屋上で、俺は冷や汗をかきながらそう呟いた。


先程の奴らは完全に隠蔽されていた魔力だったが、周囲に流れる魔力が変に整っていた為、感に任せて取り敢えず突貫してみたが、正解だったみたいだ。


目の前で伸びている二人を無視し、奥へと転がって行った赤黒い鍵に手を伸ばす。


何だこの魔道具…。

今まで見たことこない、歪で禍々しい気配を放つ赤黒い鍵。


彼らが身に着けている魔道具、その殆どが一度見たことがあり、特に何も感じなかったのだが…この鍵だけは別物だ。

確実に何か有る。しかし、その何かが分からん。


まあ、俺は高度な鑑定スキルを持ってるわけでもないし、協会の人に任せる他無さそうだ。


取り敢えず、奥へと転がって行った鍵と、奴らが懐に隠していた鍵を持ち上げる。

一旦、アイテムボックスに入れておけば安し「おっと、それは困りますね。」…!


「誰だ…お前。何時からいた。」


剣を構えながら即座に距離を取る。

何者だこいつ…と言うか、いつの間に背後に?


倒れている二人と同じ様な真っ黒な外套を身に纏い、気味の悪い仮面を被る目の前の人物をよく観察するが、何も情報が脳に入ってこない。


恐らく、認識阻害の類のスキルだろうが…しかし、ここまで遮断できるものなのか?

或いは、それだけに特化した奴なのか…。


そうだっ!あの鍵は…?

急いで探すが、先程までそこに転がっていた鍵が無くなっている。


「おや、お探しの物はこちらですか?」


奴の手には、赤黒いあの鍵が握られていた。

拙い…急いで取り戻さなければ、しかし、まだ鍵には何の変化も無い。

落ち着け、頭を冷やせ、奴の声に耳を貸すな。


「おやおや、そのような怖い顔はしないでください。私たちはただ、この世界をより良くしたいだけなのですから。」


「もう良い喋るな、ここでお前たちの企みも終わるのだから。」


剣を構え、敵との距離を一気に縮めようと足に力を籠めた瞬間。

世界が赤で塗りつくされた。


「……なっ!?」


頭に血が昇ってたのか?否、違う、スキルだ。

俺じゃ看破できなかった。


あれは、


俺はこの瞬間、何処が異界の中心が何処か確認するため、奴から一瞬目を離してしまった。


「それでは、私はこの辺でお暇させて頂かせてもらいましょうか…。」


その一瞬の内に奴の気配は消え、空気が揺れて、溶けていく。

先程まであった異物感は何処かへと失われ、奴の姿は夜の闇に消えた。


………逃がすかっ!


探知スキルをフルで使って、奴の姿を探す。


恐らく奴が生み出したであろう影が幾つも探知に引っかかるが、それら強引に全て切り刻む。


その全てに確かな手応えは無い。しかし、それは織り込み済みだ。


「見つけた。」


直感と探知を頼りに辺りにばら撒いた67の斬撃、それら全ては当たることは無かったが、それでもほんの少し、誰も感じないであろうの小さな気配を奴は出した。


〈身体強化・腕力強化・瞬間強化〉

〈無属性魔法・スラッシュ・完全開放〉


それら全ての強化を最大ギアまで上げ、この一振りに賭ける。

狙うは両足!


「斬っ!!」


蒼く輝く一筋の剣閃は確かに仮面の者を捉えていた…が


「ずらされたか…。」


奴の気配は完全に感知できなくなり、その場には何の痕跡も残っていない。


……逃した…か。


俺は上を見上げる。

異界は徐々に世界を蝕んでいる。そろそろ、魔物が現れ始めるだろう。


下に降りる前に、例の鍵の場所を確認する。


屋根の隅で何十にも重ねられた偽装の結界。

その中にそれはあった。


空間に大きな裂け目が生まれており、一条の光が空へと昇っている。

その下で、大きくひび割れ、元々の赤黒い色から透明で綺麗な鍵へと様変わりしている鍵が転がっていた。


俺はそれを拾い上げ、アイテムボックスに仕舞う。


十中八九ここが異界の中心で間違いないだろう。

後々、此処に異界の王が来る。


俺は剣を片手に、魔物が現れようとしているスクランブル交差点へと降りるのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「な…何あれ…」


最初に異変に気付いたのは何処にでもいる若いカップルだった。

年末年始と言う事もあり、二人で幸せな時間を過ごしていた所だった。


空を見上げて、女性の方が声を上げた。


空が割れ、世界が塗り替わっていく。

周りからもざわめきが漏れ、新年を迎えて上がっていた歓声は悲鳴へと変わる。


地面から骨の腕が現れ、人々に襲い掛かろうとしたその時…。


「〈時間よ!〉」


短い発声と共に現れた剣と杖を構えた一組の男女。

二人は魔物達を倒しながら、民間人へ避難を促していく。


「皆さん!冒険者協会に逃げてください!そこまでいけば安全なはずです!。」


彼らを見て、私服のまま戦い始める冒険者達、全員が力を合わせ、その場を何とかして乗り切ろうとした。


時間を操ると言う常時、上級レベルの魔法を使用する夕凪廻とその夫の景士、優秀な前衛と後衛を得たことで状況は安定したかのように思われた。


しかし、彼らは空を見上げ、愕然とする。


ひび割れた空から、幾つもの巨大な腕が現れ、あたりを包み始める巨大な魔力。


徐々に悪化していく、戦場。

自分たちの手ではこれ以上…どうしようもなかった。


二人を除いて良くてC級冒険者しかいないこの場で、奴らを打倒する術など無かった。


絶望し、武器を取り落とす者もいた…しかし、諦めない者が大半だった。

5年前の大規模異界顕現を経験した者達はこんな事では諦めない。

否、諦められない。


少しでも民間人を逃がそうと、彼らは強く武器を握る。


瞬間、剣閃が辺りを包んだ。

先程まで辺りに居た何十もの魔物達が一瞬で物言わぬ死体へと変わっていく。


「皆さん!俺から少し離れたところで一塊になってください!」


汚れ一つない純白のロングコートを身に纏い、彼はやって来た。

人々の声から安堵の声が漏れ始める。


それは誰もが憧れる、英雄の姿だった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「スラッシュ!」


短く、力強い発声と共に幾つもの剣閃が放つ。

敵の数は12体、今にも現れようとしているB級以上の魔物が4体、A級はまだいない。


次から次へと矢継ぎ早に現れる魔物達。

今の所まだB級相当の魔物しか出てきていないから問題は無さそうだ。


感知できる限りに居る民間人も、全員安全に避難出来ている。


…しかし、背筋を走る悪寒が止まらない。

脳裏を掠める明確な違和感。


そう……異界の顕現が明らかに


瞬間、辺りを充満していた魔力の濃度が爆発的に跳ね上がった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



周囲の魔力が跳ね上がり、頭上で幾つもの亀裂が生まれ、数多の怪物たちが産声を上げる。


全員がA級相当の魔物達。

一体一体が天災に匹敵する程の力を持ち、これ程の数の魔物であればこの地を瞬時に更地にすることも可能だ。


そんな、一瞬が命取りになるような状況で、湊の行動は最善だった。


刹那の状況判断、秒にも満たない思考、魔物全てを識別し、彼は全てを切り捨てた。


民間人に傷一つ付ける事無く、彼は化物達を物言わぬ死体へと変えた。


矢継ぎ早に現れる魔物達、常人の脳では処理落ちしてしまう程の情報量を、冒険者の中でも異質な肉体スペックと、気合で何とか乗り切る。


脳みそと言うのは冒険者であろうとも、発達している人はとても少ない。

故に、湊はもう限界だった。

体力的な話ではない、与えられる情報、そしてそれらを処理すると言う行為が、彼の脳みそを凄まじい速度で披露させていく。


半径1.9㎞と言う狭い範囲でおよそ1秒間で70体の速度で出現する魔物達。


1体でも逃がしてしまったら、民間人に甚大な被害がもたらされる。


異界が完全顕現してからおよそ9分、目から血涙を垂らしながら剣を振り続ける少年は必死に思考を回していた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



どうする、考えろ…。

このままじゃ、落ちる。


……アレを使うか…?

頭の中にちらついた選択肢の一つ、アレを使えば確かにこの状況を打開できるかもしれない。

しかし、反動がどうなってしまうのか見当がつかない。

けど、それ以外に選択肢が……


『先輩!お待たせしたっす!』


頭上から幾つもの銃声と共に、通信機越しに場にそぐわない明るい声が聞こえてくる。


「S級冒険者【鷹ノ目】現着しました!」


向かい風だった戦場に逆風を乗り越える一羽の鷹が降り立った。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・一口キャラクター紹介


・【鷹の目】…鷹田たかだ 修斗しゅうと


見た目がめっちゃチャラそうな現役大学生。

見た目に反して中身はかなり誠実で、とても人懐っこい。

主人公には敬意を表して先輩と呼んでいる。


・用語紹介


・謎の鍵


詳細不明。

このような魔道具は冒険者協会のデータベースにも存在しない。


・〈スラッシュ・完全開放〉


通常のスラッシュは剣に纏わせた魔力を複数の斬撃に分けて使う。

しかし、この技は湊のオリジナル技で、一撃に纏わせた魔力を全て籠める必殺技。

この一撃にはとんでもない量の魔力が込められており、ぱっと見、簡単そうに見えるが、実は少し魔力の操作を誤ると大爆発すると言う、とても難易度の高い技となっている。


・冒険者の脳の強度


別にそこまで変わらない。

S級まで来ると確かに処理速度とかが上がったりするが、それでも一応人間なので、土御門緋織を除いて複数の事象の並列処理なんてことはできない。


・一口状況説明


・何故、主人公はあそこまで追い詰められたのか?


原因1…すぐそばに民間人が居る事。


これのせいで大振りの技が打てず、最小限の範囲で被害0にすると言うとんでもない状態になってしまった。


原因2…異常事態の発生


現在の異界の範囲、半径1.9㎞と言う狭い範囲で魔力の濃度が上がることで、魔物の質と生産速度が爆上がりしており、対処に凄まじい量の体力を消費することなってしまった。



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