第14話

「【鷹ノ目】!屋内と弱点が小さい奴を頼む!それ以外は全部俺が斬る!」


無線機にそう叫び、俺はまた裂け目から流れ込もうとしている魔物達を片っ端からたたき斬っていく。


『了解っす!先輩、少しなら休憩しても大丈夫っすけど…』


「大丈夫!もうそっちは治した!あと1時間でも行けそうだ!」


スキルの影響で脳のダメージは完全に回復し、魔力も一呼吸置けたお陰で、潤沢になった。


先程までの圧倒的な情報量がかなり減少し、弱点を確認するだけで良なった為、全快とまでは行かないが、戦闘を継続する分には十分だ。


回復してから数分間、魔物の生産速度が突然遅くなった。


『先輩!異界中心に魔力が集まってるっす!』


そう言われて確認してみると、空に今までで一番大きな亀裂が生まれていた。


異界の王なんだが、ほぼ100%でS級の魔物が現れるだろう。

出来るだけ小さくて、周りに影響を与えなくて、空中に浮遊してない奴でお願いします…。


一際大きな破砕音が辺りに鳴り響く。


空から現れたのは全てを塗りつくす黒。

その鱗を輝かせながら、空を舞い踊る。


陰龍と呼ばれる正真正銘のS級の魔物。

西洋風のドラゴンではない、蛇の様な姿をした龍で、とても強力な蒼い焔のブレスを吐く魔物だ。


そんな恐ろしい魔物を前にして、この時俺が思ったことは


「面倒なの来ちゃった…」


そう!こいつ本当に面倒なのである。

ブレス何て吐かれようもんなら周りの建築物が全部お亡くなりになる。


しかも、こいつが居ると言う事はが来ると言う事でもある。


だからこそ…


「最速で決める!周りは任せた!」


『了解っす!』


俺が身体強化を全開にし、足に力を籠める。

目の前の龍はブレスを吐こうと大きく息を吸いこんだ。


瞬間、辺りを揺らすような爆発音が鳴り響き、一つの弾丸となって奴との距離を埋める。

そのまま奴の真下に潜り込み、黒鉄の剣で下顎をかち上げる。


大きくのけ反るように態勢を崩した陰龍、その喉元にある一枚の逆立った鱗を狙って思い切り突きを放つ。


逆鱗を突かれた陰龍は飛ぶ力を失い、そのまま地上へと落下しようとする。


俺は、陰龍の頭部にある角を掴む。


〈無属性魔法・プレート〉


空中に足場を創り出し、全力で陰龍を空中へと投げ飛ばす。


俺も陰龍の後を追って、空中へと飛び出すと、陰龍の下に辿り着いた瞬間、先程と同じような破砕音が鳴り響いた。

真っ白い龍が罅割れた空間から現れ、その口を開けて俺へと襲い掛かって来る。


しかし、それは予想通りだ。

何のために俺が空中までこいつらをぶっ飛ばしたと思っている。


先程の通話の中に入ったノイズと、この冒険者協会の方角から感じる馬鹿でかい魔力、あの人、隠す気ないでしょ…。


異変に気付いたのか、陽龍が逃げようとするがそんな事はさせない。


「プレート!」


自分たちを取り囲むように魔力の箱を作り、俺と二体の龍を閉じ込める。


『湊…悪いけど歯を食いしばりなさい』


『え、その声…だ、【色彩の魔術師】さん!?ってか、それ先輩が巻き込まれて…』


「俺の事は気にしなくて良い。自分で切り抜けられる」


彼女は通話口の向こうで微かに笑う。

そして、俺の周りに巨大な魔法陣が幾つも展開される。


『それなら…遠慮なく行くわよ!』


12の魔法陣がそれぞれ別々の輝きを放ち、魔力が加速度的に上昇していく。


……ちょっとこれは…過剰じゃない?


『……先輩!これ、ヤバ…』


彼の言葉を最後に俺は閃光に飲まれて行った。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



『ご、ごめんなさい。ちょっと調子に乗り過ぎたわ…。』


通話越しに【色彩の魔術師】…もう仕事終わったし…そんな堅苦しくなくて良いか。

【色彩の魔術師】こと、”瀬奈せな”さんの声色は申し訳なそうに弱弱しくなっていた。


「別に良いですよ、気にしてませんし…其れよりも民間人の被害は特にないですか?」


『それが、さっきから緋織さんと通話が繋がんなくて正確な被害情報が分かんないんすよね…』


『こっちも繋がらないわ、何かあったのかしら…」


まあ、あの人たちなら大丈夫だろう。

多分だけど、あの人にとってこの展開も予想通りなんだろうしな…。


「それなら、俺達だけで先に後片付けしませんか?陰龍と陽龍は…消し炭ですけど、他のA級以下の魔物なら全部綺麗に残ってるので、冒険者協会の方へ持って行きましょうよ」


『そうっすね、俺は逃げ遅れた民間人を探して来るんで、瀬奈さんは冒険者協会で待っててくださいな』


『分かったわ、私は怪我人の治療をしてるから、何かあったら呼びなさい』


通話口からは何も聞こえなくなり、俺は周りの様子を確認する。


パッと見た感じ特に大きな損壊は無さそうだな、けが人も居なさそうだ。

…と言うか、殆どの人が嬉々として俺にカメラを向けてるんだが…。


「うわ、生の【剣王】じゃん…」「本物よね?」

「マジでカッコよかったな…」「オーラが違うわ~」

「…ってか誰か担いでるけど、本当に誰?」


称賛してくれる人もいるが、何も言わずに静かに不満を貯めている人もいる。


……まあ、仕方無いよな、俺は敵の策略にまんまと嵌ったんだから。


気絶した2人は縄を嚙ませ、俺が捕縛して担いでいる。


作業の邪魔になるから、誰かにお願いしたいな…。

すると遠くから冒険者協会の人が向かってきたのが見えた。


「皆さん!まだこの辺りは非常に危険です!私たちが先導いたしますので、協会の方まで避難をお願いします!」


丁度いい、彼らにこの2人の身柄を任せるとしよう。

拘束をもうちょっと強めてから、彼らに二人を任せる。


……さて、と。

片づけを始めるとするか。


幸い、周囲の建物には殆ど損傷が無いし、修復するとしたら道…くらいかな。


取り敢えず、急いで解体した魔物の残骸をアイテムボックスに突っ込んで、報告書を仕上げなきゃ。


僕が魔物達の残骸の方へと向かうと協会の人達に案内されていた民間人の列の中から、こちらへと向かって来る人が見えた。


見ると、ピアスを幾つも付け、髪を染めた高校生のカップルで、男の人の方が彼女さんを引っ張る形でこっちに来ていた。


「おいおい!剣王さんよー、俺達さぁ、折角のクリスマスデート台無しになったんだけど、どう責任負ってくれんのよ!」


男性の方が恐ろしい剣幕で詰め寄って来る。

しかし、恋人らしき女性が男性を諫めている。


「ちょ、辞めなよ…」


「大丈夫だって」と言いながらこちらへと更に詰めよって来る男性。


傍から見たらただの言いがかりかもしれない、それでも、彼が言っていることは正しい。

この事件は俺がちゃんと奴らを倒していればこんなことにはなっていないからだ。


俺は彼らに対し、謝罪しようとするが、誰かによって制される。


「全責任は私にある。彼に何か言う前に先に私に言ってもらおうか?」


僕の前に立っていたのは、土御門さんだった。

彼女は俺に小さく微笑むと、二人に向き直した。


「さて、一応、自己紹介の程を…冒険者協会の会長をやらせていただいております。土御門緋織と申します。そちらに並んでいる皆様も、何かあれば私に聞いてください。お答えできる限りですが、お答えしましょう。」


凛然とした態度に男性はたたらを踏んでいた。

他の並んでいた人達は土御門さんの方へ取り囲むように集まり、被害状況や家族の事を聞いていた。


そんな中で、土御門さんは俺へ口パクで「ここは任せろ」と伝えて来た。


俺は気配を殺し、人だかりから抜け、手当たり次第に魔物達の残骸を拾っていくのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


夜の路地で男は一人、人目を避けて全速力で駆けていた。

【剣王】ただ一人でさえ命からがら逃げて来たと言うのに、疲弊したこの状況で新しく【鷹ノ目】と【統率者】まで来てしまってはどうしようもない。


更に【剣王】から与えられた傷でまともにスキルを発動できていないと言うのだから万事休すである。


そんな中、不意に誰かから男は誰かから声をかけられた。


「何処に行くんすか?」


「…っ!」


男が声のした方を向くとS級冒険者、【鷹ノ目】がそこに居た。

彼は必死に動揺を隠しながら声のトーンを変えて、必死に民間人を装う。


「家に残った家族の事が心配で、急いで様子を見に行きたくて」


男を射抜く視線は鋭く、変わらない。


「へぇ……それなら自分が付いて行くっすよ。」


「そ、それは…S級冒険者様のお手を煩わせるわけには…」


【鷹ノ目】は少し顔を顰め、面倒そうな表情を浮かべる。


「うーん……けど「もういいでしょう」…あ、ちょ待」


【鷹ノ目】が何かを言い切る前に男は背後から何者かによって取り押さえられた。


「な!何を!」


「黙りなさい。貴様が彼に狼藉を働いたことは既に耳にしている。今更取り繕うとしても無駄だ」


黒い軍服の様な物に身を包み、普通の人には無い獣に似た特徴を幾つも持つ女が殺意のこもった視線で男を見ていた。


「あのー…【獄門犬】さん…先輩は捕獲してこいって言ってましたけど…」


「……私は貴君の言葉に従った訳では無い、あくまで彼の言葉にしたがっただけだ。」


ほんの少しだけ拘束が緩んだ。

男はその隙に魔力を練ってスキルを発動させようとするが、すぐさま首元に短剣が添えられる。


「変な真似は辞めろ。私に与えられた厳命は貴様の命だけだ。ここで手足の2、3本奪ってしまっても構わないのだぞ」


女性から発される魔力が何倍にも上昇し、呼吸の仕方すら忘れてしまう程の恐怖心が男の脳を支配する。


「そこまでにしてください。あんたも、変な動きはしないでくださいっす。」


そう言って彼の両足に銃口が向けられたその時。


「ハハハハハ!こっぴどくやられたな!」


突如、上空から大男が好戦的な笑みを浮かべながら、【獄門犬】を吹き飛ばした。

【獄門犬】は思わぬ攻撃に驚いた様子だったが、すぐさま体勢を整える。


「っ!何処から?!」


「何者だっ!」


【獄門犬】と【鷹ノ目】の視線が同時に切れた瞬間に男はスキルを発動し、3の姿を隠す。


「そう簡単に逃がすと…」


「思わないで欲しいっすね!」


彼らは同時に探知スキルを使い始めるが、その探知スキルすら既に男のスキルによって狂わされている。


気が付けば、その場には何も残っていなかった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・キャラクター紹介

・【色彩の魔術師】…雨夜 瀬奈

鷹ノ目と同い年のS級冒険者。

高飛車の様に感じる人もいるかもしれないが、基本的に照れ隠しで強い態度を取ってしまうだけである。それを大体の人が理解しているので、彼女の行動に対して目くじらを立てる様な人は居ない。


冒険者としてはS級5位に位置する程の実力を持ち、最大火力においては彼女の横に並ぶものは居ない。

全属性の魔法を使い、他にも特殊な属性の魔法を幾つか使うことが出来る。


・【剣王】…天城 湊


戦場の状態と相性が悪すぎた少年。

今回のミスは正直言って、しょうがないと割り切った方が良い。

因みに、彼は作中で一度も怪我を負っている描写が無く、全力も出していない。

つまり、そう言う事である。

たとえ彼が認めずとも彼は正真正銘、日本冒険者協会、最強の冒険者である


・【獄門犬】…犬淵いぬぶち 美誠みこと


A級一位の冒険者。

180㎝越えと言う女性では殆どいないレベルの高身長で、筋肉もかなり有り、色々と規格外な存在である。

基本的に黒い軍服を身に纏っており、その戦闘スタイルは基本的に素手だけである。

5年前の大規模異界顕現で特殊なスキルを手に入れ、それの影響で犬の特徴を幾つも有している。

とある少年に忠誠を誓っているらしいが…?


・用語紹介


・陰陽の龍…二頭セットで出現するS級の魔物。


鱗は硬く、ブレスは高威力と言うシンプルに強い魔物だが、2頭の龍がその場に揃うと凄まじく強力な魔法を放ってくる。

その魔法の威力はS級冒険者の命にも届きうるものである。


・無属性魔法…万能に見せかけた器用貧乏な魔法。


属性が付いていない為、他の魔法とぶつかった時、純粋な魔力量の勝負になる。

殆どの人は属性魔法が使える為、この魔法はサポートくらいにしか使わない。



・世界観説明


・冒険者


本当にすっごい人気。

もしS級冒険者が動画投稿し始めたら登録者100万人は1週間で行くんじゃないかと言うくらい人気。

まずもって、ここ十数年で冒険者と言う職業が人気職になり、子供のなりたい職業ランキング2位に入ったことで更に脚光を浴びる職業となった。


副業や健康活動の一環としても冒険者になる人も多く、現在で日本だけでも冒険者人口は100万を優に超えている。


しかしながら、殉職率もとても高い職業なので気を付けましょう。






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