追想 赤く染まる日

春、桜が咲き誇り、のどかな陽気を感じる平凡な一日だった。


「澪ちゃん!待ってよー」


「湊ー?遅いわよー!」


俺は幼馴染と二人で花見会場を抜け出して、山を駆けていた。

何処に行くにも二人手を繋いで、その頃は二人が離れる事なんて無いと思っていた。


「ねえねえ湊、あれ…何かしら…?」


彼女が指をさした先には大きく罅割れた空が広がっていた。


あれが何なのか、当時の俺には分からなかった。

ただ漠然とあれは良くない物だと、何かが強く叫んでいた。


不安からか、互いの手を握る力が強くなる。


瞬間、バリバリバリ!!と言う何かが引き裂かれる音と共に、空が真っ赤に染まった。


街のいたる所で化物が生まれていて、怖くなった俺たちは急いで花見会場へと戻った。


花見会場に戻った時、既にそこは阿鼻叫喚に包まれていて、地獄絵図だった。

魔物達が花見客を次々と殺していき、桜の花弁でピンクに染まっていた地面は、鮮血によって紅く塗り潰されていた。


その光景を、俺たちは草むらで見ている事しか出来なかった。


魔物達に見つからないように出来るだけ土を体に付けて、自分たちの匂いを消すようにした。

両親に姿はまだ見えなくて、二人で魔物達が何処かに行くまで隠れるしかなかった。


目を瞑れば楽なのに、俺は目を瞑る事が出来なくて、ただその光景を目に焼き付ける事しか出来なかった。


その時、人の形をしたナニかを襲っていた魔物の内の一匹と目が合った。

そいつは気持ち悪い笑みを浮かべながら、ゆっくりとこっちに向かってきた。


―――逃げなきゃ!

けど、例えこいつから逃げても結局、別の魔物に見つかって殺される。


その魔物が俺たちの草むらの前に立った時、二人が―――両親が間に割って入った。


二人は魔物に一斉に飛びかかり、殴る蹴るなどの殴打を与えていく。

しかし、魔物は鬱陶しそうに二人を殴り、持っていた切れ味の悪い剣で二人の体に歪な傷を残していく。


そんな二人を見ても、俺の体は石のように固まって動かない。


そして、母さんの頭に魔物の拳が直撃した。

母さんは小さく呻き声を上げて、頭から血を流しながらその場に倒れ込んだ。


それを見た父さんは怒りに飲み込まれ、大振りの拳を振ってしまった。


その隙を突かれて、父さんの首に剣が突き刺さった。


膝から崩れ落ちるように倒れる父さんを見て、俺の体はようやく動き出した。


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”っ!!!!」


己の内から身を焦がすほどの怒りを感じながら、俺は石を手に握りこんで魔物へと殴りかかった。

魔物の不意を突けたお陰で、簡単にマウントポジションを取れた。


そこからはひたすら顔面を殴り続けた。

拳から血が出て、骨が見え始めそうになっても、俺は拳を振う事を辞めなかった。


何度も何度も全力で拳を叩きつけ続ける。

頭蓋骨が砕けた感触を感じ、俺はようやく拳を振うのを止めた。


ぼんやりとした意識の中、妙に視界だけはっきりしていた。

開けた視界の中で、魔物達が俺の方に集まってきているのが見えた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「はぁ…はぁ…くっ、はぁ…があ”…」


体中にできた傷から発せられる痛みを無視し、魔物達の死体を踏みながら母さんの下へと向かう。


まだ間に合うと、そう思っていた俺の考えは光を映さない母さんの瞳によって、簡単に打ち砕かれた。


母さんはうわ言のように俺と妹の名前を呼び続けていた。

口の端から血を流しながら、小さな声で何度も、何度も…。


やがて母さんは何も言わなくなり、俺は母さんの瞼を閉じた。


先程まで隠れていた草むらへと向かうと、澪ちゃんが震えながら蹲っていて、俺を見るや否や勢いよく抱き着いて来た。


それはまるで、互いの体温を確かめるようだった。

俺は何も言わずに澪ちゃんを抱きしめ返す。

すると一筋、瞳から涙がこぼれた。

それを皮切りに決壊したように目から涙がこぼれて来る。


俺はただ澪ちゃんを抱きしめながら静かにその場で涙を流していた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



何分間そうしていたのだろう。

俺たちはゆっくりと離れて、手を繋ぎながら山を下りていった。


街はゴーストタウンのようになっていて、時折、獣の咆哮が聞こえるだけで、人が居る様な痕跡は無かった。

俺たちは息をひそめて街を歩いていると武器屋を見つけた。


ショーケースはどれも破壊されていて、床に武器が乱雑に置かれていた。

俺はまず奥に置いてあった救急箱で自分に応急処置をしてから、幾つか武器を拝借することにした。


運が良い事に奥の方に置かれていたアイテムボックスが二つ、手付かずのまま放置されていたので、ありがたく使わせてもらおう。


武器はどれも相当良い物でB級に相当する物も何本か有って、本当に運が良かった。


それらを直ぐに纏めてアイテムボックスに突っ込んで、今度は行く途中に見かけたスーパーの方へ歩いていく。


もしかしたら食料があるかもしれないと思ったからだ。


予想通り、幾つか食料はあった。

しかしながら、スーパーは魔物で溢れていて、とても中に入れそうにない。


俺は澪ちゃんには安全な場所に隠れてもらって、スーパーへ行こうとしたが、彼女は俺の傍から離れようとしない。


「一人は嫌、最後まで一緒に居たい」


澪ちゃんは涙を流しながら、縋りつくように俺の腕を抱きしめる。

俺は覚悟を決め、澪ちゃんと一緒にスーパーに入って行った。


スーパーは荒らされていて、残された食料は少しの缶詰とお菓子が数個程度だった。

缶詰めは何度が叩かれた跡があって、魔物達が中身を食べようとしていたのが分かった。


物音を立てないように歩いていると何かが足に当たった。

目を向けると、其処には何かの骨が乱雑に落ちていてた。


咄嗟に澪ちゃんの口元を抑えて、落ち着かせる。

澪ちゃんは涙目になっていたけれど、直ぐに落ち着いて、俺の手を握りなおした。


そっちには目を向けないように、奥の方へ進む。

その時、スーパーで何かが砕ける音が響く。

俺たちは音の鳴った方向に目を向ける事無く、急いでその場から離れた。


後ろから獣の叫び声の様な物が聞こえた。

それでも、俺たちは振り向くことなく、必死に逃げた。


夜になるまで必死に逃げ、俺達は屋根が大きく損傷した一軒家に隠れた。


疲れ切った俺たちは二人で身を寄せ合って、一緒に眠った。


澪ちゃんはぐっすり眠っていたけれど、俺は両親の事を思い出してしまって、まともに眠ることが出来なかった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



翌日、俺達は地図を探して色んな家を漁っていた。

たまたま入った家には置手紙が置いてあってそこには、「○○避難所で待ってます」と書かれていた。


その手紙には触れず、俺はその家から出て行った。


次に入った家には3人の死体が転がっていて、両親と思われる二人が子供に覆いかぶさったまま死んでいた。


俺たちは先に三人を庭に埋葬し、手を合わせる。


小さなお墓を作った後、1時間程歩き続け、俺たちは大きな公民館の様な場所に辿り着いた。


俺たちは地図と家の配置を確認しながら、妹が居る病院の位置を大体だが確認する。

両親亡き今、俺があの子の下に行かなければならない。


少しずつ場所が明らかになって、方向が分かって来る。


…あっちの方に俺の家があったと言う事は…


「嘘だろ…」


異界の中心、光の柱が伸びる方に妹が居る。妹は足が不自由だ。

故に魔物達が蔓延る中心付近で、逃げることなどできない。


大丈夫、きっとシェルターに逃げ込んでいるはずだ…。

そうに違いない。

頭の中でちらつく最悪な想像は振り払って、取り敢えず澪ちゃんにこの事を伝える。


俺が危険を冒してでも妹を迎えに行くと言うと、澪ちゃんは最期まで俺に付いて行くと言った。


俺は澪ちゃんの意思を尊重しつつも、何処かでタイミングが有れば澪ちゃんを誰かに任せようと考えていた。

出来ればランクの高い冒険者であれば良いのだが、贅沢は言っていられない。

兎に角、こんな危ない事に澪ちゃんを巻き込む訳には行かない。


俺たちは荒れ果てた街中を二人で手を繋ぎながら、光の柱に中心に向けて歩き始めた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・キャラクター紹介


・天城湊


現在、目の前で両親が殺され、怒りの感情で神経が麻痺しているせいでアドレナリンがドバドバ出ている上、本来人間に備わっている筈の身体機能の制限が無くなっている為、10歳とは思えない程の身体能力を発揮できる。

更に、極度の緊張状態で痛覚は正常に機能せず、眠気も全く感じていない。

花見会場に居た魔物を全員倒したことで普通のD級冒険者くらいのステータスになっている。

残された唯一の家族である妹を助けに覚悟を決めた。


・秋月澪


両親が海外企業勤めと言う事もあり、何時も湊の家で一緒にご飯を食べていたりしていた。

今日も一緒に楽しい花見に行く…はずだった。


目の前で家族同然の二人が殺され、大切な幼馴染の心が壊れようとしているのを目の前で眺める事しか出来なかった。

何が有ろうと、どんな危険が有ろうとも彼の傍を離れないと誓った。


・天城雪花


天城湊の妹で生まれつき両足が不自由。

その代わりなのかは分からないが魔力の量が尋常ではなく、8歳時点でB級魔法使いと同等かそれ以上の魔力量を保有している。


・天城仁・天城花蓮


今は亡き湊の両親。

一般人でありながら子供を守ろうと果敢にゴブリンに立ち向かった勇気ある二人。

子供たちは二人を心の底から尊敬していた。


二人は子供たちの為に命を懸けたことに何一つ後悔はない。


ただ、澪ちゃんと二人のども達が平和で穏やかな日々を過ごせますように…。


・用語紹介


・大規模異界顕現『百鬼夜行』


関東全域を覆った大規模異界顕現。

他にも2つの大規模異界顕現が同時に発生している。

実はこの異界顕現、他二つと比べてこの異界顕現内での死亡者、行方不明者と比べ極端に少ない。

そしてこの異界顕現は異界の王が倒されていない為、未だ完全消滅に至っていない。


・異界顕現


異界顕現と言うのは異界が我々が住む世界を塗り替えるものである。

その為、小規模異界顕現であろうと、多かれ少なかれ、街の風景に変化をもたらすものである。

例えば、現在までで3度発生した北欧の大規模異界顕現『終末戦争ラグナロク』では発生した瞬間、そこにあった閑静な町並みは一瞬にして黄昏の荒野へと変化した。

そして、異界顕現内では魔力の濃度が高く、耐性が無い場合は吐き気や頭痛、酷い場合は意識を失う事もある。

噂によれば異界顕現内では特別なスキルを得る事があるとかないとか…。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


お久しぶりです。

大好評につき、一応準備しておいた番外編を少し手直しして出しました。

これ以降のストックは本当に無いので次回更新は2月中盤以降から3月の頭になると思います。

そして、皆様、たくさんのコメントをありがとうございます。

これからも色々と頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします。

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