第二章

第一話

真っ暗な部屋の中、薄い液晶が放つ青白い光が少女を照らしていた。

生活感のない部屋の中で、複数の液晶だけが置かれている。


部屋の壁には一面を除いて、いたるところに写真が張り付けられており、その写真が貼られていない一面には何処かの地図が貼られていた。


その地図には数え切れないほどの付箋が貼られており、其処には「9月5日 17時10分、下校」 「3月21日 7時45分 登校」 「12月28日 0時26分 就寝」などと書かれていた。


少女は壁一面に張られた写真を見て、その美しい容貌を妖しげに歪め、恍惚とした笑みを浮かべる。


「ああ、ああ!……早くお会いしたいです…湊様!」


壁一面に張られた写真にはどの写真にも、左肩に大きな火傷跡が残る白髪の少年が映っていた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



冬の寒さが肌を突き刺し、吐いた息は白く溶けて行った。


そんな中で、俺はモフモフのコートを着て参拝客の列に並び、暖かい甘酒を飲んでいた。


一応、寒さには耐性があるから半袖半ズボンでも良いのだが、見ていて寒いから、と言う理由でたくさんの服を叔母さんが買って来てくれる。


その中から一着選んで、今日は叔母さんと二人で初詣に来ている。


因みに、俺と一緒に行きたがっていた陽太だが、結局別の友人と初詣に行ったらしい。


しかし、三が日を過ぎていると言うのに、かなり長蛇の列が出来てしまっているな…。

やはり数日前に異界顕現が発生した影響で外出のタイミングをずらした人が多いのだろう。


何もすることが無いので、何ともなしにスマホを眺める。

パッと目に移ったニュースには色んな人達が冒険者の怠慢について、知ったような顔をして語っていた。


少しだけもやっとした気持ちになるが、仕方がないと納得する。

あの時、俺があの時異界顕現の発生を食い止めていられれば、こんな事件が起こることなく、皆が楽しい正月を過ごせていたはずなのに…。


はぁ…情けないなぁ…。


「湊?暗い顔をしているけれど…何かあったのかしら?」


顔に出ていたのか、叔母さんが不安そうに声をかけて来る。


「大丈夫、少し考え事をしてただけだよ」


そうだ、うじうじ考えていても意味なんて無い。

軽く頭を振って、思考を切り替える。


次は絶対にこんなことは起こさせない。

全員纏めて取っ捕まえてやる!


心の中で決意を固めていると、いよいよ本気で心配になって来たのか、叔母さんが本当に不安そうな顔をしていた。


……今度ポーカーフェイスの練習でもしよう。


ここ数日間で表情だけで誰かに思考を読まれることが多すぎる。


そんな事を考えていると、列が進み、ようやく俺達の番が来た。

お賽銭を入れてからニ礼ニ拍手し、心の中で願いを告げる。


『どうか、大切な人たちが幸せでありますように…』


神様に願い事を伝えた後一礼をして、俺たちはお神籤を引いた。

其処には綺麗な文字で〈小吉〉と書かれていた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



短かった正月休みが無事終わり、俺は冒険者協会で事務仕事の手伝いをしている。


大体こういう仕事は土御門さんがやってくれるが、土御門さんは現在進行形でマスコミの対応で手一杯になっている為、その仕事の2割が俺に回って来た。


俺の部屋で雨夜さんと五十嵐とで一緒に書類を捌いているが、積まれた書類の山は一向に減らない。


以前の異界顕現で”耐性”が付いたお陰で脳の処理速度が上がっているとは言え、結構きつい。


「湊、そこにある書類取ってくれない?」

「【増加する行方不明低級冒険者に見られる関連性】ってやつですか?」

「そう、それ」

「……はい、どうぞ」

「ん…ありがと」


「おい雨夜、この【新春忘年会予算案】ってのはどう纏めりゃいいんだ?」

「え?……ああ、それは、こうすれば良いのよ」

「お、サンキューな」


「五十嵐、ここの【日本海近海に発生した異界】の位置の座標がミスってるぞ」

「…悪いな、そっちの方で訂正しといてくれ」

「了解」


極めて事務的な会話が続き、部屋の中は適当にかけたジャズが流れていた。

そんな中、ふと一枚の書類が目に留まった。


「……赤城大学付属中学校でのドッキリ企画…?」


もしかして…テレビ番組とかでよくある奴かな?


「赤城大学付属中って、結構有名な冒険者学校じゃない…やっぱり名門はやることが違うわね…」


「――……そういや、家の門下生にもそこに通っている奴が結構いるな」


「へー…そんなに凄い所なんだな…この書類は如何すればいいんだろうか…」


書類には幾つかの空欄が有り、参加する冒険者の名前と階級を記載するように、と書かれていた。


流石に誰をその場に送るのか俺が斡旋できるわけもない為、この書類は別の場所に分けておくこととなった。


書類仕事を進める事およそ6時間。

秘書の古宮さんがやって来て、差し入れを持ってきてくれた。


「皆さん、お疲れ様です。こちら、ささやかな物ですが差し入れです」


渡されたエコバックの中には飲み物が数本と見るからに高そうなチョコが入っていた。


「古宮さん、何時もありがとうございます。もし時間があるのなら、一緒に休憩していきませんか」


その誘いにやんわりと断ろうとする古宮さんだったが、雨夜さんが背後に回り込んで強制的に椅子に座らせる。


困り笑いをする彼女の眼にはくっきりと隈が出来ており、流石に見過ごすわけにはいかない。


「はい、座って座って、湊~お茶持ってきて~」


「了解。五十嵐は緑茶で良いよな、古宮さんはどうします?」


「ええっと……」


「……取り敢えず、瀬奈さんと同じで紅茶淹れますね」


「湊、この前私があげたティーカップ使いなさいよ」


俺は瀬奈さんに生返事を返しながら慣れた手つきで、お茶と紅茶を淹れ、4つのコップとお茶菓子をお盆にのせ、皆に配っていく。


「……凄く、美味しくて、暖かいです」


ホッと息を吐く古宮さんは少しだけ顔に生気が戻ったような気がした。


すると突然、俺の部屋の扉が勢いよく何者かによって開けられる。


「湊~……お、真里…やっと休憩してくれたか…」


扉を開けたのは土御門さんで、その表情には疲労の色が滲んでいた。

居住まいを正そうとする古宮さんを土御門さんは手で制した。


「土御門さんマスコミの対応は終わったんですか?」


土御門さんはその言葉にウっと言葉を詰まらせた後、手で顔を覆った。


「奴らの事は思い出させないでくれ、本当に面倒だったんだからな…異界顕現の話をし始めたと思ったら、冒険者制度の是非について聞いてくるし、その他にも微妙に論点がずれた話がマシンガンのように飛んできて……」


俺たちは何となく土御門さんの苦労を察し、取り敢えず暖かいお茶を差し出した。

土御門さんはそれを受け取って、一気に飲み干した。


正直、土御門さんの口内が不安だが、それは一度置いておいて土御門さんの話を聞く。


「良し…少し落ち着いた。取り敢えず、五十嵐と雨夜は、自分たちの持ち場に戻ってくれ、湊は私と一緒に来い」


土御門さんからそう言われ、各々準備を始める中で俺は何となく面倒な事が起きるような気がした。



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・一口用語紹介


・耐性

天城湊のスキル、【全耐性】によるもの。

無効化では無い為、耐性を超えるものを受けると耐性を貫通してダメージをくらうが、くらい続ければ耐性が付くので、頑張って耐えよう。


・五十嵐流

日本が誇る二大流派の一つ。

元々は二大流派は一つの武術だったが、現代では二つに分かれている。

因みに五十嵐流36代目当主であるA級冒険者【武術師範】は何方の流派修めており、凄まじく強い。


・赤城大学付属中

冒険者に関わる者なら殆どの人が知っている超名門中学校。

有名冒険者の二世は大体この学校へと進学し、冒険者への第一歩を踏み出す。

S級冒険者の中でもこの中学校を卒業した者は居て、【統率者】、【守護天使】なんかはこの学校卒である。


・一口キャラクター紹介


・秘書の古宮さん


ワーカーホリックの体現者ともいえる女性であり、協会でも上澄みレベルの苦労人で、何時も目の下に薄熊が出来ており、薄い化粧で誤魔化そうとしているが、普通にバレている。

趣味は家庭菜園らしい。



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