第6話
「駄目です。」
先程までの穏やかな食事の場は何処に行ってしまったのだろうか…。
俺がたった一言、「冒険者協会の広報の仕事をしたいんだけど…」と言っただけで場は冷え込み、すかさず頭を下げてお願いしたが、取り付く島も無く叔母さんは僕の頼みを切り捨てる。
「その…そこを何とか…。」
恐る恐る下げていた視線を上げつつ、叔母さんの顔を見る。
「何と言おうと駄目です。」
”無”だった。
その心情が伺い知れぬほど冷え切った視線と表情は、先日、あんなに泥酔していた人と同一人物だとは到底思うことは出来ない。
お昼ごろに覚悟を決めた俺の心は既にバキバキに折られかけている。
「お願いします…俺は、もう、後悔したくないんだ―――。」
思いがけず零れ出た本心。
呟くような、小さな声だったけれど、どうやら叔母さんの耳に届いたらしい。
「それは!……貴方が気にするようなことじゃ…。」
叔母さんが珍しく取り乱すように否定するが、僕はすぐさま首を振って否定する。
「たとえ、皆が俺に責任が無いと言っても、俺は彼らの思いを、願いを、無念を、背負って行かなきゃいけないんだ…。」
叔母さんは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「……分かりました。少しでも…湊の罪悪感が薄れるのであれば。」
そう言って、叔母さんは書類を手に取った。
「ですが、約束してください。絶対に無理はしない、それと、絶対に無事で帰って来る。その二つが守れるなら、私から言う事はありません。」
「……もちろん!」
叔母さんは困ったように笑うと書類に筆を走らせ、僕に手渡した。
「さて、食事の支度をしてきますね、昨日は迷惑をかけたので、今日は私がやりますよ。」
俺が立ち上がる前にそう釘を刺した叔母さんは、そのまま台所に立った。
手持無沙汰になった俺は、田村さんへと先んじて電話をかけておくことにした。
数回のコールの後、田村さんが電話に出た。
「もしもし、天城なんですけど、田村さんの電話で間違いないでしょうか?」
『はい、本日はどの様なご用件でしょうか?』
「先日のメディア露出の話、正式にお受けしたいと思ったので先に伝えておこうと思いまして。」
『ほ、本当ですか!本当にありがとうございます!』
「いえいえ…それで、実際に活動をするのは、何時になるのでしょうか…?」
『それに関しては後日、日程を纏めてお伝えします。』
「分かりました。それじゃあ、待ってますね。」
『はい、それでは、失礼します。』
そう言うと、田村さんは電話を切った。
俺は大きく溜息を吐いて、ソファに座り込んだ。
台所からは出汁のいい匂いがしてきて、俺の胃袋を刺激してくる。
叔母さんから何もするなと言われたので、仕方なくボーっとしながら待っていると、叔母さんが料理を運んできた。
俺も配膳くらいは、と思い、立ち上がって手伝いに向かう。
全部並べ終わり、俺も叔母さんも席に着く。
運んできている時にも気付いていたが、今日の夕食は生姜焼きとほうれん草のお浸しと言った和食がメインらしい。
「それじゃあ、いただきます。」
「召し上がれ。」
叔母さんがそう言ってから、俺は食事に手を付けていく。
生姜焼きはしっかり味が付いていて米が進むし、お浸しも美味い。
俺たちの間に会話は無い。
それでも、居間には穏やかな空気が漂っていて、改めて幸せだなと強く感じた。
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何気ない日は風の様に過ぎ去っていき、遂に田村さんから連絡が来た。
『取り敢えず、収録の日が決まりました。12月17日に新宿のB級異界で生放送の形で行う事となりましたので、よろしくお願いいたします。』
ふむふむ、やっぱりアイパイプに載せるための動画を取るんだな。
…で、12月17日は………って、明後日やんけ!
生放送の内容も碌に伝えられてないし!
え、完全装備で現場に行けばいい!?
それだけ? 何で? 一緒に撮る人は?
何とかして乗り切ろうと、必死に頭を回すが、一人で生放送を行う方法など全く思いつかない。
ああ…今からでも断ること出来ないかな…――。
凄まじい胃の痛みを感じながら、遂に収録の日となってしまったのだった。
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用語紹介
アイパイプ
皆が利用する動画投稿サイト。
民間の人から、芸能人やアスリートまで、多くの人が利用し、動画を投稿するサイトである。
しかしながら、視聴者の中には厄介ファンや荒らしなどの迷惑な利用者が居る。
実は、冒険者協会公式チャンネルの利用者の内、2割が厄介ファン、1割が上から目線で冒険者を眺める指示厨の皆さん、残りの7割が善良な視聴者、と言う中々地獄のラインナップである為、C級未満の冒険者が出てくるとコメント欄が荒れ気味になる。
1度だけS級冒険者が30分間だけ出演したことがあるが、その時の同時接続数は、90万人を優に超える同時接続数を記録した。
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