第10話

あの後、俺たちは無事に王の間の門から出ることが出来た。

配信に関しては配信慣れしている二人に締めを任せ、俺は冒険者協会へと向かった。


冒険者協会にはA級上位の冒険者に与えられる個人の部屋がある。


俺みたいな学生は流石に全員が使っている更衣室で着替えるのは無理なので、このような個人の部屋を貰えるのは本当にありがたい。

しかもこの部屋、冒険者協会の職員控室に繋がっている為、安全に出ることが出来るのだ。


俺は個人部屋へと繋がる通路の前に居る警備員さんに冒険者ライセンスを見せ、奥の方にある自分の部屋へと向かう。


中に入ろうと鍵を差し込むと、鍵がかかっていない。


変だな…俺、締め忘れたのか?


不安になって耳を澄ましてみると何やら物音が聞こえてくる。

言いようのない不安が腹の底から登って来るが、覚悟を決めて、一気に扉を開ける。


「お邪魔してるよ~」


部屋の中でソファに座りながらラフな格好で一人の女性がくつろいでいる。

何であんたが此処に居るんだよ…。


「土御門さん…何でいるんですか?」


彼女の名前は”土御門つちみかど 緋織ひおり”俺たちの上司である冒険者協会会長であり、S級一位で【統率者】と呼ばれる冒険者だ。

彼女は俺の質問を問いを聞いた後、意地の悪い笑みを浮かべた。


「何でって…そりゃあ君の初配信を見るために決まってるじゃないか。」


そう言って、ニヤつきながらスマホ画面を眺める土御門さん。


……それを見て思わず顔をしかめてしまった。

そんな俺の表情に気づいたのか、彼女は更に笑みを深めていた。


「ハハハ、やはり君はからかい甲斐があるね。」


満足そうに頷く彼女に俺は扉を開け、この部屋から出るように促す。


「まぁまぁ、今日ここに来た理由ははそれだけじゃないんだ。」


ほらほら座って、と言いながら自分の横を叩く土御門さん。

俺が敢えて対面に座ると、彼女は不服そうに唇を尖らせた。


「つれないな…まぁ良い、それよりも本題だ。」


部屋の空気感が変わる。

先程までのだらしない様子はなりを潜め、重苦しい空気が辺りを包む。


「ここ最近、異界の出現数が増加しているのは、君も感じているだろう?」


何処から取り出したか分からないお茶を飲みながら彼女はそう言った。


「確かに、最近の異界発生数は異常と言ってもいい程の数だと思いますけど…。もしかして、狐崎こざきさんがまた何か予知を…?」


土御門さんはゆっくりと首肯する。

背中を冷たい何かが通った気がした。


「落ち着いて聞くんだ。……これからおよそ2週間後、都心の何処かで中規模の異界顕現が起こる。」


「な…!そんな!」


俺は思わず立ち上がってしまった。

勢いよく立ち上がったせいで目の前にある机とぶつかり大きな音を立てる。


…しかも、2週間後と言う事は…。


「丁度、大晦日じゃないですか…。」


想像を超える最悪な予言に思わず頭を抱える。

中規模となると最大で半径15㎞を異界で覆われてしまう。

しかも、年末年始、人々に大規模な行動規制をすれば不満が出る事は確実…。


確定した日時が割り出せていない分、俺たち側としても強く出られない…。


悲観している俺に対し、土御門さんは言葉を続ける。


「そして今回の異界顕現…狐崎曰く、これは人為的に起こされた物らしい。」


「…は?」


腹の底からどす黒い感情が昇って来る。


誰が?何故?何のためにこんなことを?


今も耳元で聞こえてくる人々の悲鳴。

俺のすぐ目の前でまた…ふたりが…。


「湊、お前の怒りは痛い程分かるが、一度落ち着け。」


土御門さんの一言で頭が急速に冷えていく。

よくよく周りを見てみると、結界が貼られていて、魔力が外に漏れ出ないようになっていた。

それでも、結界には大きな罅が幾つも入っており、一部は外に出てしまっているだろう。


大きく深呼吸をして、体から溢れる魔力を無理矢理抑え込む。


「すみません…動揺しました。」


正直まだ動揺はしてるし、魔力も落ち着いていない。

けど、予知はまだ確定したわけじゃない。

今ならまだ…変えられる。


「ふむ…ようやく落ち着いたようだな…。安心し給え、ちゃんと作戦の一つや二つ、準備しているとも。」


俺は何も言わず首肯する。


「今回の異界は自然発生した物ではなく、人為的に起こされた物だ。つまり、このふざけた事をしている奴らを異界を発生させる前に叩けばいい。幸い、狐崎の予知のお陰である程度、当たりはついているからな。」


そう言ってテーブルの上に地図が広げられた。

地図には幾つか書き込みが加えられていた。


「これが狐崎が示した異界が発生する場所だ。」


土御門さんは大きなバツ印が書かれた三つの場所を指さした。


「一つ目が明治神宮、二つ目が渋谷のスクランブル交差点、三つ目が新宿駅構内…どれも人が密集するところじゃないですか…しかもどれも微妙に近い…」


俺がそう呟くと、土御門さんは不敵な笑みを浮かべる。


「そうだな…だが、君たちが居るじゃないか?君なら、ここに居る者達くらい全員守れるだろう?」


俺は何も言わずに視線を外した。


「…む…君は本当に自信が無いね。過度な謙遜は時に嫌味に聞こえて来るぞ?」


指すような視線に俺は身を縮こませる。


「まあ良い、別に君が認めなかろうと、今回の作戦の肝は君だ【剣王】。」


「俺…ですか?」


「ああ、この事件に対応するには異界の発生予想地点に少なくともA級以上の冒険者を複数人置きたい。しかし、A級以上となると殆どの冒険者の顔が割れている。しかし、君だけは年齢を除いて個人情報を開示していない。」


確かに、僕以外の大体の冒険者は顔出ししているからな…。


「姿を変えたとしても、バレるてしまうリスクが十分にある。それならば、君をその場に置いた方が良いだろう。更に、他の場所で私たちが動く事で相手の狙いを君が居る所に絞ることが出来る。」


「つまり…俺以外が囮として動く、と言う事ですか?」


「まあ、そうだね、君は何処か一つの地点に潜伏してもらって、我々が他の場所で警戒態勢を敷く。そうすれば、流石に君が居る場所にまだ見ぬ敵は行くはずだ。」


君が不安なら、何人か付けるがね。と言って土御門さんは、何処からか取り出して来たペットボトルのお茶を飲み始めた。


静かな部屋、時計の針が動く音が響き渡る。


俺はそんな中、静かに思考を研ぎ澄ませる。

敵の目的は?どうやって異界を発生させる?魔法か?でも…そんな事出来るのか?


どんなに思考を続けても堂々巡りで一向に答えが導けない。

俺も一度休憩しようと思い、冷蔵庫の中に置いておいたお茶を探す。


―――…無い…。


「あんた、それ俺が買っておいたのでしょう…。」


土御門さんは手元にあるペットボトルと俺の顔を交互に見た後。


「てへぺろ☆」


片目をウインクしながら、舌を出して、可愛い子ぶっている。


俺はそれを見た瞬間、全力の身体強化を発動して殴りそうになったが、胸を張って言おう…俺は悪くない。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



夜、昼間に言われたことが頭から離れず、どうしても目が冴えてしまう。

元々、睡眠が少なくても何とかなる体だから余計に眠気が何処かへ行ってしまった。


時計を見てみると時計の針は午前2時半と時刻を示していた。

……昼間からずっと脳裏に浮かんでいるあの日の光景。


瞼の裏には何時も奴の姿が浮かんでくる。

血に染まる桜、当たりにまき散らされた臓物、言い表しようのない気持ちの悪い匂い、人の死体に群がって笑っている気味の悪い化物達。

その傍で、隠れて震える事しか出来なかった俺。


……ああ、どれも嫌いだ。気持ちが悪い。吐き気を催す。


結局、眠るような気にならず、俺は外へと走りに行くのだった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


・一口キャラクター紹介


・【統率者】…土御門 緋織


冒険者協会会長にしてNo.1の冒険者。

彼女自体が戦場に出る事はあまり無く、基本的に指令室から指示を飛ばす役である。


彼女の指揮を受けた冒険者曰く、「指示されたことをただこなしただけで全てが終わっていた」との事。



・狐崎さん


凄く前から冒険者協会に所属している人で一体いつの時代から生きているのか誰も分からない。

この人が戦っているところは一部のS級を除いて誰も見たことが無い。

因みにS級第二位【九尾の狐】と言う冒険者である。


・用語紹介


・冒険者ライセンス


冒険者たちの等級や個人情報、ステータスが載っている大事な物。

基本的には真っ黒いカードで所有者の魔力を流すことでそれらの情報が表示される。

因みに、これらのカードをお店で見せると、店によっては割引してくれるところもある。


・冒険者協会にある個人部屋


A級上位、もしくはS級の冒険者に与えられる広めの部屋。

最初から必要最低限の物が置いてあって、自分の好きな様に部屋をカスタマイズ出来る。

因みに、湊の部屋は殆ど最初から変わっていないが、そこかしこに他のS級から貰った物が飾ってある。

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