第3話

この光景を見た瞬間、夢だと気付いた。


周りには満開の桜で囲まれており、その中で多くの人々が花を見ては、大騒ぎしている。


何度も何度も見た景色、あの日からずっと付き纏ってくる悪夢。


突然、空が赤く染まり、大きな地震が襲う。


周囲の雰囲気は変化し、人々は惑い始める。


あぁ…また同じパターンだ。


一際大きな揺れの後、赤い瘴気が辺りに蔓延し始め、それらが形を成し、化物となる。


俺はただここで彼らが襲われている所を見ていることしか出来ない。

けれど、俺はそこにいる。

草むらの中、人々が化物に襲われていると言うのに、隣に居る幼馴染の手を握りしめたまま、動くことが出来ない臆病な幼い俺が。


情けない…。

何故…何故お前は動かない。


そして、俺の両親は……俺を庇って…。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「……最悪だ。」


ここ最近で最悪の寝覚めだ。

喉はカラカラに渇き、布団は寝汗のせいで少し湿っている。


汗が渇き始め、徐々に俺の体温を奪っていく。


昨日のうちに準備しておいた服に着替え、洗面所で身だしなみを整える。


「おはよう、湊。」


リビングに行くとピシッとしたスーツに身を包んだ叔母さんが先に席に着いて、朝食を摂っていた。


昨日の悪酔いからは考えられない程、冷たい表情を浮かべる叔母さんに俺はジトッとした視線を向ける。


毎度のことながら叔母さんの切り替え力には本当に驚かされる…。


「おはよう、叔母さん、気分は大丈夫?気持ち悪くない?」


そう言うと叔母さんはピクリと眉を動かして


「大丈夫よ、昨日は迷惑かけたわね。」


と言った。

その後、淹れたてのコーヒーを飲みながら新聞を読み始める。


そんな叔母さんの様子を見て、俺は大丈夫そうだと思った。


しかし、よくよく見てみると、叔母さんの耳は真っ赤に染まっていて、やっぱり恥ずかしいんだろうな…と思った。


別に気付いても敢えて言う必要も無いし、黙っておこう…。


俺は台所に立って朝食の準備をしようとすると、何だか昨日と物の配置が換わっているのに気付いた。


コンロの上にあるフライパンには、目玉焼きとベーコンが焼かれていた。


ついでにトースターを確認すればそこには、ほんのり暖かい食パンがあった。


叔母さんが準備してくれたのか…。


「叔母さん、ありがとう。」


そう言うと叔母さんは表情を崩すことなく


「ええ、どういたしまして。」


と言ってまた手元にある新聞に視線を落とした。


俺は準備された朝食をテーブルに並べ、「いただきます」と言って食べ始める。


すると突然、叔母さんが視線を上げて俺に話しかけて来た。


「湊…今日は、学校?」


「ええっと……うん、今日は特に依頼も無いし、普通に学校だよ。」


それを聞いた叔母さんはどことなく嬉しそうだ。


朝食を摂り終わった俺は食器を洗ってしまおうと台所に立とうとするのだが、急に携帯が震え始めた。


液晶には『冒険者協会』の文字が写っていた。


何だろう…?

昨日のメディア露出についてだろうか、と思い電話に出る。


「はい、天城でs『天城さん、”異界侵攻”が発生しました。急いで現場へと向かってください。』…っ!分かりました。場所は何処ですか?」


『場所は新宿駅の小田急線ホーム内の線路上です。今の所モンスターは出現していません。』


「分かりました、直ぐ向かいます。」


『ご武運を』そう言うと冒険者協会の人は電話を切った。


「叔母さん、俺ちょっと行ってくる。」


さっきから落ち着きを失い、ソワソワしていた叔母さんだが、そう言うとピタッと動きを止めた。


「……分かったわ、気をつけるのよ。」


「うん、行ってきます。」


昨日のうちに準備しておいた学生鞄に制服を詰め、俺は現場へと急行するのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



突如現れた異界で新宿駅は大騒ぎになっていた。


命の危機を感じ逃げ惑う者、野次馬根性に火が付き、スマホを握り締める者、連れと逸れ、辺りをうろうろする者等々でごった返していた。


それらを駅員が何と纏めようとするが収集が付かない。


「冒険者はまだなの!」「すげー本物じゃん!」「おかーさん!どこー!」

「誰か助けてっ!」


辺りは混沌としており、駅員の声なんて誰の耳にも届かなかった。


すると異界から何かが現れた。


それは人の体を持ちながら、見た目は蜥蜴のモンスター、リザードマンと呼ばれるB級に相当するモンスターが異界から現れる。


それを見た瞬間、遂に人々の理性は決壊した。


甲高い悲鳴が辺りに響き渡り、誰もが我先にと逃げ出す。


そんな中、逃げる人々後方から凄まじい速度で追いかけるリザードマン。

その剣が一番後方の男性に当たろうとした瞬間。

一振りの剣がリザードマンを縦に両断した。


「遅くなってごめんなさい、後は…俺がやります。」


黒い外套に身を包み、顔を白い仮面で隠した青年が一歩前に出る。

その手には二振りの片手剣と言うには少し大きい剣が握られていた。


彼の姿を見た瞬間、人々の声が悲鳴から歓声に変わり、多くの人が安堵の息を洩らした。


異界が発生してからたった12分、S級冒険者【剣王】が今、現場に到着した。


「はぁ――遅刻確定かなぁ…。」


その小さな呟きは人々の歓声によってかき消されるのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・キャラクター紹介


・【剣王】


S級三位の冒険者。

5年前、彗星の如く現れた最年少のS級冒険者。

中、近距離において最強の冒険者と呼ばれている。

どんな場所であろうと、求められた以上の活躍をするが、決して万能と言う訳では無い。

基本的に大きな二振りの剣をメインに使用し、白いロングコートを羽織って仮面を身に着けている。

何故、黒ではなく白のロングコートなのか理由を聞くと、「敵が自分に注目してくれるから。他の人に視線が集まらずに済む。」との事。

実は剣以外も剣ほどではないが普通に使う事が出来る。

A級以上の冒険者の中では数少ない顔を隠している冒険者で、実は非公式でファンクラブが開設される程、一部では熱狂的な人気を誇る。

因みに、S級冒険者の中の数少ない良心で、協会の人達に頼りにされている。



・用語紹介


・異界②


異界がこの世界に突然出現する際、3つのパターンが存在している。

通常の異界、異界侵攻、異界顕現である。


・異界侵攻


本来あるはずの扉が壊れ、異界から魔物が溢れてしまっている状態の事を指す。

この時、異界の奥にある王の間と言う場所に居る異界の王を倒し、出口専用の扉を閉めることで異界侵攻を終わらせることが出来る。


大体の高位の冒険者はこれに駆り出されている。


・異界顕現


最早、扉は存在せず、世界が異界に塗り替えられている状態を指す。

街の風景は変化し、街中には魔物が蔓延っている。

この状態の場合、異界の王を倒す必要は無く、ただ中心にある扉を閉じることで異界顕現を終わらせることが出来る。

しかし、異界の王を倒さない限りその異界顕現は完全消滅せず、また同じ異界顕現が発生する可能性がある。


異界顕現にも小規模、中規模、大規模、とランク分けされている。


余談だが、異界顕現でレベルを上げると特殊なスキルを得やすい、と言う都市伝説があり、一部冒険者の中では話題になっている。



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