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× × ×
「ありがとうございます。良き縁に恵まれましたね」
客の女性は、大事そうに胸に本を抱えてそそくさと店を後にした。
彼女が導かれたのは『かぐや姫』の忌書。何でも五股をかけているが遊びのつもりであり、誰とも結婚する気はなくどうにか全員と別れたいと思っていたところ、忌書に呼ばれたらしい。弄ばれる男性達が哀れで仕方ないが、僕には口出しする権利はない。
かぐや姫といえば……ふと思い出す客がいた。
「そういえば、以前もかぐや姫に似た境遇の方が来られましたよね。婚約者が五人いて、ロミオとジュリエットを買われた」
ゆかりさんは視線を少し彷徨わせる。ややあって合点がいった様子で頷いた。
「ああ、あのご令嬢か。そんなこともあったな」
「へえ。誰が何を買われたか、きみは覚えているんですね。素晴らしい記憶力です」
「これでも記憶力には自信があるんだ。ゑにし堂で働く以上、特技の一つはないと」
目の前の競取りの男も、かつてはゆかりさんの下で働いていたと聞く。僕には瀬戸のように特殊な力はないが、些細な特技でもゆかりさんの役に立てるものだ。
「その令嬢だが、あの後亡くなったことは聞いているか?」
「そうなんですか?」
一服しながらゆかりさんは言う。僕は驚いた。それは初耳だった。
「新聞記事に載っていたよ。駆け落ちした男と心中したんだと。ロミオとジュリエットに惹かれた時点で結末は決まっていたようなものだ」
ゆかりさんは棚に仕舞っていたスクラップファイルの束を漁り始める。やがて目当てのものを見つけられたのか、一冊のファイルを差し出してきた。収められた切り抜き記事には『令嬢死亡、心中か』と小さな見出しが載っていた。日付を見ると大正四年とある。もうそんなに前の出来事なのか。
「よくこんな古いもの保管してありますね」
「最新の持ち主がどうなったかによって新たな
ゑにし堂の役目は縁を結ぶ手伝いをすること。忌書と同調した人間が何をしようが個人の自由。僕らにできることは結果を見守るだけだ。
「ちょ、ちょっと待ってください」
僕らの会話に瀬戸が慌てて待ったをかけた。いつもヘラヘラしている瀬戸だが、今は珍しく動揺している。
「大正四年のことを覚えてるって、バイトくん、きみは一体いつからここにいるんですか……?」
瀬戸の怪訝な視線が突き刺さる。おかしなことを聞く。
「僕はゆかりさんと一緒にずっとこの店にいるけど」
僕はゑにし堂ができた頃からこの店にいる。瀬戸よりもずっとずっと先輩なのだ。僕が自我を持ったのは最近のことだから知らなくても仕方ない。
いや、そんなことよりも。僕はゆかりさんと一緒にこの店に出入りする人々を見てきた自負があるのだが、瀬戸なんて名前の赤毛の従業員は僕の記憶にはない。コイツこそ何者なんだろうか?
後日、かぐや姫の忌書を購入した女性が亡くなったと報道された。彼女はまさにかぐや姫の如く、男達を袖にしたまま天に昇っていったのだ。
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