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× × ×
「こんにちはー」
カランコロンとベルを鳴らして重たい扉を開くと、苦虫を数十匹一気に噛み潰した顔に出迎えられた。彼はいつの間にかゑにし堂で働いていたバイト、らしい。それ以上の素性は知らされていない。
「あれー、バイトくんお一人ですか? お嬢さんは?」
「買い出しに出てる」
「あらま、そうでしたか」
ぶっきらぼうな受け答えは、とても取引先の人間に対する態度ではない。この青年から敵意を向けられているのは重々承知しているので、気にはならなかった。それに彼を見ていると、生意気でスレていた昔の自分を思い出す。
「あのさ……ずっと気になってたんだけど、何でゆかりさんのこと『お嬢さん』って呼ぶの?」
「ああ、それですか。かれこれ十年ほど前になりますかねー、自分はお嬢さんに出会って救われたんです。最初は『恩人さん』って呼んでたんですが、それは恥ずかしいとのことで訛って『お嬢さん』に」
青年は眉を顰めた。疑っている顔だ。信じてもらえずとも構わない。元より、自分の言葉を信じてくれたのは蒼乃と風変わりな美人店主だけだ。
「ねえ、バイトくん。気になるついでに一つ教えてあげましょうか? 自分が忌書に拘る理由」
「……別に気にならないけど」
反抗的な物言いとは裏腹に、チラチラとこちらを窺っているあたり、興味は少なからずあるようだ。
「自分はね、手助けがしたいんです。忌書には故人が伝えられなかった
「ふーん……」
「例えば、『泣いた赤鬼』の忌書があったとして、遺された想いは何だと思います? バイトくんなら誰に届けますか?」
我ながら意地悪な問題だ。青年は面倒臭そうに顔を顰めながらも渋々答えた。
「そんなの、赤鬼視点と青鬼視点で変わるだろ。赤鬼なら身近にいた友人の大切さに気づけなかった後悔だろうし、青鬼なら友達を置いて行ってしまう後ろめたさと新しい環境で過ごす友達への祝福なんじゃないかな」
たった一人の友達の顔が脳裏に蘇る。あの時彼女が遺した忌書を見つけなければ、村の外に出ることもなかった。きっかけをくれたのは蒼乃だ。女店主と出会ったのは、蒼乃が繋いでくれた“縁”に他ならない。自然と笑みが溢れた。
「あっはっは! いやー、バイトくんってば最高ですね! もしかすると、きみは忌書の気持ちが解るのかもしれないですね。どうです? 自分と一緒に各地を回って忌書を探しませんか?」
突然の高笑いに一歩引きながら青年は首を横に振った。
「嫌だよ。僕はこの店が気に入ってるからここから出たくない」
「あらら、残念」
特異な目を持つ自分ですら、忌書に残された気持ちを読み取ることは難しい。友人が遺した想いに今の今まで気づかなかったほどだ。人の機微が解るほど人間と触れ合ってこなかった。見えるのは、忌書のかつての持ち主の悲惨な末路だけ。あの店主はとんでもない従業員を雇い入れたものだ。
「フラれたところで自分はそろそろお暇します。気が変わったらいつでも言ってくださいね。それから、お嬢さんによろしくお伝えください」
「わかった。
「ありゃ、手厳しい」
名前がなかった男の今の名は瀬戸蒼乃。かつて赤鬼だった競取り屋である。
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