× × ×


 ひどくお腹が減りました。お腹の虫がぐぅぐぅと鳴って、今にもお腹と背中がくっつきそう。

 お母さんはお菓子どころかご飯もまともに食べさせてくれません。自分はお酒をたくさん飲んで、ぼくたちを殴ります。

 お父さんはおうちにいません。妹が生まれる前にお母さんと大っきなケンカをしておうちを出て行って、それっきりです。

 たまに、知らない男の人がお母さんと一緒におうちにやって来ます。でも、ぼくらはお母さんが男の人と会う時に邪魔なので、お部屋に閉じ込められてしまいます。少しでも音を立てれば叩かれます。でも、妹はまだ小さいので言うことを聞きません。妹がひどい目にあうのは嫌なので、ぼくが代わりに叩かれました。

 お母さんは何度も何度も、ぼくのことを叩いて殴って蹴りました。でも、ぼくはお母さんが嫌いじゃありません。お母さんが狂ったようにぼくを叩くのは、ぼくが悪い子だからです。でも妹は悪い子じゃないので、ぼくだけがお母さんにとって悪い子でいればいいんだ。それでぼくの世界はうまく回っていくはずでした。

 ある日、お母さんと新しい男の人がぼそぼそと話している声が聞こえました。

「……ガキがいたってどうして黙ってたんだよ。俺が子供嫌いなの知ってんだろ」

「私にとってアイツらはいないも同然なの。いないものをわざわざ紹介なんてしないでしょ」

「うるせえ、騙しやがったな。ガキがいるなら別れるっつったろ」

「待ってよ、子供がいなけりゃいいんでしょ!? アイツらに保険金かけてるから、うまくいけば金も手に入るわよ。それでも別れるって言える?」

「ハッ、とんでもねえ女だな。男のためにテメーのガキぶっ殺す気かよ」

「アイツら、特に息子は父親に似てきてうんざりしてたの。もう子育てなんてゴメンだわ」

 ぼくは寝ている妹を起こしました。寝ぼけ眼をこする妹に、ぼくは一言だけ告げました。

「逃げよう」

 このままおうちにいたら殺される。お母さんが寝たのを確認して、ぼくは妹の手を引いておうちを出ました。

 行くあてなんてありません。でも、おうちには帰れない。暗い夜道をさまよい歩くぼくらはまるでヘンゼルとグレーテル。

 どれだけ歩いたかわからなくなった頃にたどり着いたのはおかしの家ではなく、本屋さんでした。出迎えたお姉ちゃんとお兄ちゃんにジュースとおかしをごちそうになりました。やっぱりおかしの家だったのかな。でも、悪い魔女に食べられることはありませんでした。妹はお店にあった絵本を気に入って、無理言ってお姉ちゃんからもらいました。

 本屋さんを出ると、妹はヘンなことを言い出しました。

「おにーちゃん、こっちにおかしの家あるの!」

 妹はぼくの静止も聞かずにどんどん先に行ってしまいます。ぼくは慌てて追いかけました。

 やがてたどり着いたのは、おかしの家とはほど遠い、安っぽいアパートでした。

 音を立てずに忍び込むと、悪い魔女が寝ていました。お酒の匂いがします。酔っ払って寝ちゃったみたいです。起きたら見つかって、ぼくらは食べられちゃう。ぼくらはこの人にずうっと閉じ込められてきたのだから。

「たべられる前にやっつけないと」

 妹は呟くと、床に落ちていたライターで魔女に火をつけました。魔女はタバコを吸わないので、男のものでしょう。

「ぎゃあ!」

 魔女は叫んで飛び起きました。髪がぼうぼうと燃えて、じたばたもがきます。壊れたおもちゃみたいでおかしかったです。

「これであたしたち、自由だね!」

 妹が笑いました。ぼくは妹の小さな体を抱きしめました。妹をずっと守ってきたつもりでした。でも、ヘンゼルとグレーテルのように、守られたのはぼくの方でした。

 遠くでサイレンの音がします。これから先、どんな罪がぼくらを待っていようと妹を守る。そう誓いました。

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