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「う、うわあぁああ!」
泡を食って逃げ出した。スマホを取り出し、震える手で文字を打つ。誰でもいい、助けを呼ばなければ。警察よりも不特定多数に届くように。ツイートゥーに書き込んだ。
「刃物持ったイカれた奴に追われてる。助けて」
投稿して一分も経たない内に、コメントが続々届いた。
『またそれかよ』
『昨日も同じこと言ってたよね。ネタ尽きた?』
『はいはい、自作自演自作自演』
『構ってちゃん乙』
「ちがっ……」
本当なんだ! どうして誰も信じてくれない?
――いや、解ってる。いつもいつも、嘘を言い続けてきたから。肝心な時に信じてもらえないんだ。
『大上くん無事? 今どこにいるの?』
個別チャットに新たな通知。知らないアカウントだが、一筋の希望に思えた。この際相手が俺の本名を知っているとかどうでもいい。
「家から逃げてる。誰でもいいから助けてくれ! みんな信じてくれないんだよ」
『わかった。助けに行くから位置情報を教えて』
俺は言われるがままに位置情報を送信した。誰だか知らないが俺の話を信じて助けてくれると言う。助かるためなら何だって利用してやる。
もう随分と走った。背後を振り返る。誰の姿もないことを確認して、ほっと胸を撫で下ろす。立ち止まって乱れた息を整える。
冷静になると怒りが込み上げてきた。あんな訳のわからない奴に命を脅かされるなんて冗談じゃない。俺は悪くない。悪いのは俺の嘘を鵜呑みにして、真偽を確かめもせず世の中に拡めたバカ共じゃないか。逆恨みにも程がある。あの男は警察に突き出してネットに晒してやる。それから、さっき俺を信じずに否定コメントを寄越した奴らは全員ブロック。あとは――
ついスマホに夢中になっていると、鈍い衝撃が背中に走った。じくじくと熱い。いや、痛いんだ。じわりと滲み出すのは命の象徴。どくどくと脈打つ度に、体から熱と一緒に失われていく。
前のめりに地面に倒れ込んだ。狂った笑い声が轟く。いつの間にか死神に追いつかれていた。何度も何度も、尖った異物が体に突き刺さる。嫌だ、死にたくない。こんなところで。こんな奴の手で。どうしてこんなことに。何で、どうして。怖い。たすけて、誰か。声にならない言葉が泡のように浮かんでは消えていく。
あのけたたましい虫の声は、今思えば警告だったのだ。コオロギの忠告を無視し、好奇心の赴くままにじいさんや妖精との約束をことごとく破ったピノッキオは、仕舞いには鮫の腹の中……
痛い、怖い、そんな感覚はとっくになくなっていた。熱が失われ、冷えていく。自分がどうなっているのか、もう何もわからない。薄れゆく意識の中、一つだけ後悔が込み上げてきた。
こんなことになるなら、嘘なんか吐くんじゃなかった――
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