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スマホに新しくメッセージが届いた。最近連んでる奴らからの誘いだ。二つ返事で承諾してから、そういえば財布の中が心許なかったと思い出す。次の小遣いまでまだまだ先だ。
「しょーがねえ、親父からパクるか……」
多少くすねたところで、どうせ気づくことも怒ることもない。素直に小遣いを待ったり、汗水垂らしてバイトするなんて馬鹿げている。
俺は家に帰ると早速、親父のへそくりを自分の財布に入れた。
リーリーリー……
コロコロコロ……
外に出た途端、季節外れな虫の声が耳元で鳴り響いた。俺を咎めているようにも聞こえる。甲高い合奏が脳を揺さぶり、頭がガンガンと痛い。
「るっせえな!」
苛立ち紛れに壁を蹴ると、ぽとり、と虫が地面に転がった。区別なんてつかないのに、それがコオロギだと直感でわかった。腹を空に向けて六本の足をジタバタさせている。気味が悪い。嫌悪が込み上げてきた。虫ってまじまじと見るとこんなにも不気味な生き物だったのか。ひっくり返って身動きが取れないコオロギを靴の裏で躙り潰してやった。
「ああ……なんて酷いことを」
声がした。顔を上げると、自宅アパート前に見知らぬ男が立っていた。随分とやつれて悲壮感が漂う男だ。頬は痩け目は窪み、ボサボサの髪は白が多い。随分とくたびれたジジイに見えるが、実際はもう少し若いのかもしれない。窪んだ奥の目だけが鬼気迫る熱を湛えていて不気味だった。
「大上
「あぁ? 誰だよアンタ」
「これ。覚えてますか」
答えずに男がスマホの画面を見せてくる。それはツイートゥーのスクリーンショットで、写真つきの呟きが表示されていた。心当たりがある。何ヶ月か前に投稿したものだ。ふとした思いつきから弁当屋で買った弁当に虫が混入していた、とデマをばら撒いてやったんだっけ。デマは燎原の火の如く燃え広がり、過去最高の伸びを記録した。テレビでも取り上げられて、自身の影響力の大きさに震えたものだ。あの頃は神にでもなった気分だった。
結局すぐに忘れ去られたが、今更蒸し返す奴がいるとは。
「君の投稿のせいでウチの店は潰れました。謂われない誹謗中傷を受けて心労から妻は病に斃れ、働きに出ていた息子は耐え切れずに自ら死を選びました。君は何の罪もない一つの家族を、たった一つの嘘で滅茶苦茶にしたんです。到底許されることじゃない。だから、君の命で罪を償ってもらいます。大丈夫、君を殺して私も一緒に逝きますから」
男が鞄から取り出したものが夕陽に照らされてギラリと光る。背筋が逆立った。本能がけたたましく警告を発している。この男の前にいてはいけない。このままじゃコイツに殺される!
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