× × ×


 私の家は代々続く名家だとかで、幼い頃より人より裕福に暮らしてまいりました。名家の娘と聞けば何不自由ない暮らしをしていると想像されるでしょう。実際は自由に外に出ることもままならない籠の鳥でした。

 ある日、父が結婚の話を持ち出してきました。婚約者は五人。子爵に官僚の子息など、いずれも立派な家柄の方々です。父の新たな事業がうまく立ち行かず、我が家の経済状況も日に日に厳しくなってきたために、少しでも上流階級との結びつきを強めて我が家を存続させる狙いでした。

 ですが、私はどのお話も受けるつもりはありません。婚約の話が出る前から好きな殿方がいるのです。お家のためではない、結婚するならこの人、と心に決めておりました。

 彼は我が家で奉公する使用人です。孤児だった彼を父が引き取り、私達は幼い頃より兄妹同然に育ちました。私のことを何よりも大事にしてくれる人でした。家族同然の存在でしたが、私はいつしか彼に恋心を抱くようになっていました。ある日思い切って気持ちを伝えると、彼ははにかみながら同じ気持ちだと言ってくれました。

 私達はすぐに結婚の意思を父に打ち明けました。けれど、父は祝福してはくれませんでした。

 後で知った話ですが、彼のお父様は私の父の商売敵であり、父は競合相手を蹴落とすために相当酷いことをしてきたようです。結果彼のお父様は借金を抱えて絶望の中自ら命を絶ち、残された奥様も病に倒れて間もなく後を追いました。両親が亡くなり一人残された彼を、父は罪の意識から引き取ったそうです。父が私達の結婚を反対したのは単純に、かつて蹴落とした者の息子に家が乗っ取られると怯えていたのでしょう。

 父は私の気持ちを知りながら保身に走りました。舞い込んできた五つの縁談を強引に進めようとしたのです。ですが先に述べた通り、私には心に決めた殿方がおります。この家にいる限り、私に自由はありません。私は彼と共に家を出る決心をしました。

 そうです、駆け落ちです。裕福な暮らしを捨ててでも私は彼と添い遂げたい。けれど、お喋りな女中が告げ口したのか駆け落ち計画は露見してしまいました。彼は体を張って私を逃がしてくれました。約束の場所で必ず落ち合おうと、そう誓ってくれました。

 ……ええ、お察しの通りそのために追われておりました。私は追手を撒いて、彼との約束の場所に辿り着かなくてはなりません。どうか、暫しの間匿っていただけないでしょうか――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る