◇ ◇ ◇


「さっきのお客さん……なんだかとても同調してたみたいですけど、いったいどんな忌書だったんですか?」

 客が立ち去り、一冊分の空白が生まれた棚を見つめながら僕はゆかりさんに問うた。

「ああ、キミか。あれは義理の母と姉にいびられて亡くなった女性の遺品だ。シンデレラさながら、階段から落ちたらしいな。靴を片方残して」

 白い肌に映える紅唇を三日月型に歪めて、ゆかりさんは笑う。

「幸せになれなかった元の持ち主シンデレラの未練が、似た境遇を抱える今の客を引き寄せたんだろう。なあキミ、グリム童話のシンデレラを知ってるか?」

 無論、知っている。僕は頷いた。某有名アニメ映画の元になったとされる、ペローが記したシンデレラが日本では一般的だが、グリムによる編もある。

「大まかな違いはこうだ。カボチャの馬車やガラスの靴、十二時に解ける魔法をかける魔法使いなどは、グリム版には登場しない。代わりに白い鳩が登場し、ドレスや靴を与えてシンデレラを手助けする、といった内容になる。またグリムだけの特徴といえば、猟奇シーンも印象的だな。靴が入らない義姉達の足の一部を切り落としたり、結婚式に参列した義姉達の目玉が鳥に啄まれたり。酷い目に遭うのは、何もシンデレラだけじゃあないんだ」

 僕は頭をフル回転させ、ゆかりさんの言わんとする意味を必死に噛み砕く。

「ってことは、あのお客さんが忌書の無念を晴らすために物語をなぞらえるかもってことですか? もしそうなら止めた方がいいですかね?」

「いや、やめた方がいい」

 ゆかりさんは冷たく言い放ち、煙管を咥えた。

「ゑにし堂は人と本の出会いの場に過ぎない。本に呼ばれた人間がその後どうするかは、個人の責任になる。購入を決めたのは向こうだからな、私達に口出しする権利はないよ」

 確かに、僕には彼女を追いかけるだけの理由はない。口実くつだって残されちゃいない。追いかけたところで追いつけるとも限らない。あの客が忌書に選ばれた以上、僕らが介入すること自体野暮なのだ。

 数日後、僕はテレビのニュースで先日の客の顔を見かけた。義理の母と姉を殺害し、逃走中に自らも階段から転げ落ちて亡くなったと報道されていた。義母と義姉は足の指や踵を切り落とされ、目玉も抉られた酷い有り様だったと言う。

 あのシンデレラの絵本は、またゑにし堂に戻ってくるだろうか。僕は欠けた棚を見ながら、そんなことを考えた。

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