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× × ×
「いらっしゃい」
重い木の扉を潜ると、店主らしき女が出迎えた。陶器の如き白い肌に、黒目がちな瞳と紅唇がよく映える。美人だが人形のようにどこか作り物めいた、不思議な雰囲気を纏う女性だった。
「探し物はこちらで?」
口を開こうとした私を牽制するように店主が差し出した一冊の本。私は本を探しに来たのではない。人を探しに来たのだ。抗議しようとしたが、タイトルが目に入り思わず苦笑した。この店主には全て見通されている。
「そうね。アイツが
安珍・清姫伝説。初めて話を聞いた時はなんて不誠実な男で、なんて一途な女なのだろう、と思った。約束を守らぬ男を想い続けたところで、見返りなんて何もないというのに。
私だってそうだ。バカな男に騙された憐れな女。独身だから。彼女はいないから。お前が一番だから。そんな上っ面だけの甘言を信じ込んでいた。手酷く裏切られるとも知らないで。
「ここは
店主は妖艶な薄ら笑いを浮かべたまま言う。私は頭を振った。
「そんなことしないわ。だって、私の
あの男は私から逃げる途中、大型トラックに撥ねられた。地面に横たわり虫の息だったアイツを、私は持っていた包丁で滅多刺しにして殺した。安珍は炎の紅ではなく、自らの血の赤に塗れて死んだのだ。それで充分。こんな奴に嫁と子供に会う資格はない。機会は永遠に失われた。ざまぁない。そして私も後を追うように喉を掻っ切った。だから、これは死後の夢。あるいは、ここが地獄の入り口なのかも。
呆然と座り込む彼は、私が追いついたことに気づいていないのかもしれない。蛇に身を変えてまで追い続けた清姫の執念を知らないなんてバカな人。でも、そんな男のために破滅を選ぶ女はもっと愚かなんだろう。
私は彼の肩を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「やっと捕まえた。地獄まで供をしてあげる」
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