『復讐するは我らにあり』
「そろそろ棚卸しでもするかな」
背伸びしながらゆかりさんが言った。
ゑにし堂では未だ縁に巡り会えない〈忌書〉の数多くを在庫として抱えている。毎日帳簿はつけているが、念のため在庫の確認作業は怠れない。何せ、忌書には普通の本とは異なり意思がある。知らない内にどこかに行ってしまった、なんて事例もあり得るのだ。
「キミは右側から頼む。私は反対側から取り掛かるとするよ」
「わかりました」
よし、と気合いを入れてすぐ近くの本棚と向き合う。大人の背丈よりも高い本棚が複数立ち並び、そこに挿さっている本は決して少なくない。ゑにし堂の従業員は店主のゆかりさんとバイトの僕、二人だけだ。たった二人で取り組むには負担が大きいが、これも大事な作業だ。
手早く終わらせようと何冊か重ねて一気に持ち運ぼうとした内、上に積んでいた本がするりと滑り落ちた。
「あっ……」
「これ、落ちましたよ」
僕より先に拾い上げたのは見知らぬ男性。僕は慌てて会釈した。
「あ……ありがとうございます」
「おや、お客様ですか?」
ゆかりさんが別の本棚の影から顔を覗かせた。そういえば、表にクローズのプレートをかけるのを忘れていた。
「ああいや、客という訳ではなく何となく立ち寄ったんですが……お取り込み中でしたか。これは失礼しました」
「構いませんよ。当店は人と本の縁を繋ぐ〈ゑにし堂〉。ここに来られたのも何かの縁。どうぞごゆっくり……は難しいでしょうが、気に入る本があればご覧になってみてください」
「はは、お気遣いどうも。では、これを見させていただいても?」
「ええ、どうぞ」
ゆかりさんの許可を得た男性は自分で拾い上げた本を開いた。それはアレクサンドル・デュマの『モンテ・クリスト伯』。巌窟王と言えば伝わるだろうか、世界で最も有名な復讐譚だ。
船乗りのエドモン・ダンテスは周囲のやっかみにより無実の罪を着せられ、難攻不落の監獄シャトー・ディフに送り込まれる。そこで出会ったファリア神父の手引きにより脱獄を果たした彼は財宝を手に入れ、財宝のあった島の名モンテ・クリストを新たな名とし祖国に凱旋する。伯爵の地位まで上り詰めた彼は自分を陥れた人間達に復讐を果たしていく……大まかにはこんなストーリーになる。
忌書とは人の想いが篭った本だ。大半はかつての持ち主の未練などで、物語の内容に似た境遇の人間を引き寄せやすい性質を持つ。つまり、この男性も無実の罪で――?
「はは、復讐劇か。こりゃいい」
渇いた笑いを零した彼は、顔を上げてゆかりさんを見た。
「せっかくなので、こちらを購入させていただきます」
ゆかりさんは人形の如き端正な顔立ちを和らげた。
「ありがとうございます。良き縁に恵まれましたね」
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