心にぽっかりと穴が空いたようでした。寂しさを紛らわすために、二人でよく遊んでいた神社の裏に来ました。

 神社裏はあの日、青鬼が駆け出して行ったそのままになっていました。地面に投げ出されていたのは、最後に青鬼と一緒に読んだ絵本――『泣いた赤鬼』。青鬼はこの物語について文句を零していました。

「青鬼のやり方が気に食わないんだよ。自己犠牲っていうの? 自分が悪役になって勝手にいなくなったら赤鬼を傷つけるだけじゃん。友達なら悪い奴じゃないんだよ、って説得すればいいのにさ」

 青鬼らしい言い分を思い出して、思わず苦笑していました。せっかくの思い出を、このまま土の上に転がしておく訳にもいきません。土埃を払おうと本を手に取った瞬間、赤鬼の脳裏にとある情景が流れ込んできました。

「……不作も続いている。そろそろ頃合いではないか。あれを神に捧げよう。異論はないな?」

「無論。そのためにあの鬼子を生かしておいたのだ。村のために死ねるんだ、感謝してほしいくらいさ」

「違いない」

 細く開いた戸の隙間から覗く薄暗い室内で大人達がひそひそと話し合っています。村中の大人が集まる集会。そこで考えを改めるよう伝えれば、村人全員に意見が行き渡ると考えて来たのです。そう、これは青鬼の記憶でした。

 けれど、今話されている内容は? 作物の不作が続き、それを解決するために贄を一人神に捧げる――そして、青鬼のたった一人の友達が贄に選ばれた。大人達は顔色一つ変えずに恐ろしい話をしています。青鬼は息を呑みました。弾みで、手が引き戸にぶつかり音を立てました。

「誰だ!?」

 大人達の鋭い視線が一斉に青鬼を貫きます。今まで見たことのない怖い顔に恐怖を抱きながらも、青鬼はどうにか言葉を絞り出しました。

「ねえ……今の話、本当? アカイを捧げるってそれ、殺すってことじゃん……」

「聞いていたのか、仕方ない。いいか、あの子は神の子だ。穢れに触れぬよう大事に育ててきた。今こそ神にお返しする時なんだ」

「何それ……アカイは普通の男の子だよ。ひとりぼっちは寂しいって言ってた。何で解ってくれないの!?」

 激情に身を任せ、青鬼は大人の一人に飛びかかりました。

「うるせえ、ガキに何がわかる!」

蒼乃アオノ、よしなさいっ」

 飛びかかられた大人は咄嗟に青鬼を振り払いました。青鬼はまだ子供、大人の力に敵うはずがありません。バランスを崩した青鬼の頭が机の角にぶつかり、鈍い音が響きました。青鬼は額から血を流し、ぴくりとも動きません。

「死んでる……」

 誰かが呟くと、大人達の顔が一斉に青褪めました。責任のなすりつけ合いが始まろうとしたまさにその時、一人が妙案を思いつきました。

「そうだ、予定変更だ。このガキを贄ってことにしよう。ご両親も構いませんね? この子は村を救ってくださるのだから」

「はい……」

「これで村はますます安泰だな。ありがたやありがたや」

 大人達は顔を見合わせて下卑た笑みを浮かべました。青鬼が何故死んだのか、親も含めて村人は誰一人教えてはくれませんでした。それもそのはずです、村人達の手によって殺されたのだから。

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