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◇ ◇ ◇
いい買い物をした。私の気分は弾んでいた。購入した本を胸に抱いて、家路を急ぐ。
まるで導かれるようにふらりと立ち寄ったお店。重厚感漂う木の扉を押しておそるおそる中に入ると、圧倒された。円形の店内をぐるりと埋め尽くす本棚の壁。入り口の上に設えられたステンドグラスから色彩豊かな光が差し込み、幻想的な雰囲気を醸し出している。ドーム型の天井は高く、アンティーク調のシャンデリアがぶら下がっていた。建築物に明るくはないが、かなりお洒落な建物に間違いはない。若い女の子達がSNS映えと言いながら写真を撮っていそうな、そんな店構えだった。
しかし、私の他にお客の姿は見えない。あまり儲かってはいないのだろうか。電子書籍の台頭で書店界隈も経営がピンチだと噂を聞いている。
「いらっしゃい」
ドアの真向かい、直線で結んだ先にあるカウンターで店主が微笑む。かなりの美貌の持ち主だったが、目は笑っていなかった。私を品定めしているようで背筋が薄ら寒くなる。
早く店を出よう、と踵を返したが、その場で足が止まった。近くの本棚に差さった、一冊の背表紙が目に留まったからだ。
シンデレラ。昔、まだ夢見る女の子だった頃に憧れた童話。継母と姉達に意地悪されていたシンデレラが王子様に見染められてハッピーエンド。しかし大人になり、自分も結婚した今。ふと考えてしまうのだ。果たして、シンデレラは本当の幸せを掴み取ることができたのか――?
物心ついた頃から、私には本当の母親の記憶がない。体の弱かった母は、私を産んでまもなく亡くなったらしい。男手一つで私を育ててくれた父は私が中学生の頃、同じく片親の女性と再婚したが、この人達と私は馬が合わなかった。シンデレラのようにいびられることはなかったが、とにかく居心地が悪かった。高校も全寮制を選び、逃げるように家から飛び出した。
高校を出て生活費を稼ぐために就職し、そこで今の伴侶と出会い、恋に落ちた。相手は大手会社社長の息子だったが、私が惹かれたのは彼の家柄ではなく彼自身の人柄だ。彼も私の生い立ち含め全てを受け入れてくれたため、私達は晴れて一緒になった。そこまではよかった。
問題だったのは、彼の親兄弟だ。私のことを財産目当ての泥棒猫だと決めつけ、事あるごとに嫌がらせを始めた。
多忙な彼は仕事の帰りが遅く、家にいる時間が少ない。彼が不在の間、義母は私を使用人の如くこき使った。毎日の掃除洗濯に朝昼晩の食事の準備まで、主婦として当たり前の仕事だが、義母はかなり細かくうるさかった。洗濯物の畳み方や掃除のやり残し箇所など、重箱の隅をつつくように指摘してくる。食事の時間も決まっていて、それまでに用意ができないとネチネチと小言を言われる。結婚に失敗して実家暮らしの義姉は家事も何もしない穀潰しのくせに、食事が一分でも遅れると文句を言い味にいちゃもんをつけた。
そんな折、追い討ちをかけるように彼の浮気も発覚した。相手は彼の会社の若手社員で、既に身籠っている、責任を取るから別れてくれとのことだった。
義母と義姉はこれみよがしに私を責め立てた。お前が相手をしないからこうなったんだ、と。私の何がいけなかったのだろう? 確かに疲れて帰宅した彼の相手はできなかった。しかし私も義母と義姉のいびりで心も体も疲れ果てていたのだ。夫婦の不仲の原因は彼女らにあるのではないか。
この家にいる限り、私は義母と義姉の奴隷だ。もう、いい加減限界だった。
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