第6話
「だいこおおおおおおおおおおおおおん!」
僕はなんて愚かなんだ…………無数に現れた大根モンスターと時間を忘れて戯れていた。だが、それが間違いだった。
その数は百匹にも及んでいたのだが、そのうち九十九匹の大根モンスターが姿を変えて、また大根に変身したのだ。
今回は腹の虫が鳴った訳でも、何かが起きた訳でもなく急に大根モンスターたちが震え始めて一斉に大根に変身していった。
その中から一匹の大根モンスターが歩いて来て、絶望して涙を流しながら両手を地面に付けている僕の肩を優しく撫でてくれる。
「大根モンスター…………」
そんな彼はどうやら僕に来て欲しいと可愛らしい口で僕の服を引っ張る。
大量の大根を置いたまま大根モンスターの後ろを追いかける。
大根モンスターによって数分歩いた場所には驚きの光景が広がっていた。
「こ、これはっ!? まさか――――――大根畑!」
誰が耕したのか分からないが綺麗な畑に大根の葉っぱが沢山並んでいた。美しい緑色の葉っぱが無数に並んでいる。
風もないのにゆらりと揺られているのが何とも可愛らしい。さらに大根の匂いと一緒に畑の土の匂いも充満していて心から癒される。
その時、一つ大きな違和感を感じた。
「ん!? ここにいる大根は……どれもしっかり育っている!?」
すると大根モンスターは首を縦に振った。
そこで思った疑問を投げかける。その場に座り込んで、大根モンスターを見つめる。
「ここは大根畑なのか?」
縦。
「ここに植えてある大根は普通の大根ではなくて、君と同じく大根モンスターなのか?」
縦。
「大根モンスターは生まれて暫く経ったら亡くなっちゃうのか?」
横。
「大根モンスターが生まれるためには何か条件が必要なのか?」
縦。
そもそもここに成長し切った大根の葉っぱが広がっているのに生まれていないのには理由がある。その理由を深く考えてみる。
戯れていた大根モンスター百体のうち九十九体が大根に変身して、一体だけが残ってここに案内してくれた。
ということは…………まさか!
「大根モンスターとして出てこれる数に限りがあるのか!?」
大根モンスターは満面の笑みを浮かべて首を縦に振った。
「もしかして、野菜になっても、また生まれるから君達はそれを目指しているのか?」
もちろん首を縦に振る。
「そうか……分かった。大根モンスターが大根に変わっても悲しまなくてもいいってことなんだな?」
大きく首を縦に一回振る。
「分かった。では大根はありがたく頂くことにするよ」
そして僕は大根畑に別れを告げて、九十九本落ちている大根を家に運び始めた。
一体だけ残った大根モンスターも尻尾を上手く使って大根を背負って一緒に手伝ってくれた。
家の中に大量に積まれた大根を見ながらいつでも食べられる野菜がこんなに増えてくれて嬉しい。野菜倉庫が大根の優しい匂いが広がっていて幸せだ。
大根を全て運び終わって今日のバタバタした出来事からすっかり太陽が降りて夕方になった。
何気なくテレビを付けて見ていると、またもやダンジョンについて激論を交わしている番組がやっていた。
「ダンジョンは世界を侵食しています! 急いでダンジョンコアを破壊して全てのダンジョンを消すべきです!」
「ですがね~ダンジョンから生まれる素材やモンスターの肉は我々にとって大事になっているんですよ~」
「資本ばかりを優先して本当に大切なモノを見失ってはいけません! 見てください。ここ
彼が話している矢砂居町というのは僕が住んでいる町のことだ。彼が言う通り、この町に広がっていた畑はいまや一つも残っていない。最後の畑も焼かれてしまったからな。
僕を心配してか大根モンスターが僕の太ももに頭を乗せてきた。
「ありがとうな。でも心配しなくても大丈夫。畑はもう残っていないが、君達のおかげで食材には困らなさそうだから。貯蓄もあるから暫くは問題ないよ」
硬いが可愛らしい大根モンスターの頭部を優しく撫でながら議論を交わす番組が終わるまで夢中になって眺めた。
番組が終わり、悔しそうに震えるコメンテーターが映し出されて、彼はどうしてここまで悔しそうなのかと疑問を感じた。
まぁ僕が悩んでも仕方ないし、うちの畑に出来た野菜ダンジョンを批判されても困るしな。
外を見るとすっかり日が落ちて暗闇が広がっていた。
「そろそろご飯を食べるとするか」
早速夕飯の仕込みに掛かる。
大量の大根を消費しないと腐ってしまうかも知れないので、数本消費できる料理を考える。
まず最初に仕込むのは大根の煮物だ。
大きな鍋に側を剥いてブツ切りにした大根を沢山並べて一茹でする。
もう一つの鍋に水と醬油、みりん、料理酒、和風だしを適量入れて和風出汁を作る。
湧き上がるまで大根を丸々ブツ切りにしたモノを別途に用意しておく。
少し茹でた大根は、そのまま和風出汁の中に移して、後は煮るだけ。
煮る間に、ブツ切りにした大根をフライパンでどんどん焼いていく。
バターの良い香りが大根の断面を焦がしていくだけですぐにかぶりつきたくなるが、ぐっと我慢して一枚ずつ丁寧に焼いていく。
収穫したての大根を倉庫で保管するとなると、美味しく頂けるのは二週間程度。
となると十五日間に百本を食べる計算だと、朝昼晩を計算して毎食二~三本は食べないといけない計算になる。
朝は一本が限界だと思うので、三本ずつ使えるようにしていこう。
調理が終わった大根をリビングに持っていくと、大根モンスターが可愛らしく尻尾を振りながら待っていてくれた。
家に誰かいるなんて数年ぶりなので、何だか嬉しくなる。
ずっとペットを飼いたいと思っていたけど、僕が見たペットは逃げ出してしまうからね。
煮込んだ大根も無事完成したようなので食卓に運んで、大根パーティとしよう!
最初はやはり大根ステーキ。バターで焼いた後、大根煮込み汁をソースとして掛けている。
丸々とした大根ステーキに一気にかぶりつくと、程よい弾力性のある肉厚と大根の圧倒的な甘み、煮汁の優しいしょっぱさが相まって、食べただけで目の前に小さな天使が飛んでいるように見える。
見える。そう。天使が見える。
小さな天使が数匹、僕の周りをぐるぐる回るんだけど、大根モンスターの視線も天使に釣られてぐるぐる回っている。
「これって本当に見えてない!?」
思わず声に出すと、大根モンスターも首を縦に振った。
恐る恐る手を伸ばして触れてみるも、感触はないし、手をすり抜けてしまう。
数十秒回った天使たちが消えて、不思議に思い、また大根を食べるとまた現れた。
理由は知らないけど、天使の祝福を受ける気分で大根を食べ進めた。
「そういえば、まだ君の名前を決めていなかったな」
大根モンスターが可愛らしく首を傾げる。
「君は大根にならずにずっと僕の隣にいてくれるからね。もちろん大根になってくれたモンスターたちも大事だが、一人でいなくて済むから凄く嬉しいんだ。名前付けてもいいかな?」
そう聞くと、大根モンスターは全力で首を縦に振った。
それがまた可愛らしい。
今までペットを飼ったことがないし、名前は何を付けてあげたらいいかな…………ん…………。
大根を食べたら天使が現れた。つまり、大根は天使だ。天使。
「じゃあ、今日から君の名は――――テンちゃんだ!」
大根モンスターのつぶらな瞳が大きく見開いて、喜びのあまりにその場で飛び上がる。
「これからよろしくな。テンちゃん」
【はいなのです! ご主人様!】
「ええええええええ!? 喋ったああああああ!?」
僕の驚く声が家中に響き渡った。
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