第30話

 着ている服が随分とボロボロで、暫く洗っていないのか匂いも酷かった。


 じゃがいもたちに楽しんで服を全部脱がせてもらい洗濯機に入れる。


 彼女は体を拭かせてから布団の中に入れてもらった。


 もちろん僕は一切に手を加えてもいないし、見てもいない。


『ご主人様! 彼女の介護が終わりました~! いまはじゃがいも先輩ときゅうり先輩たちが見守っています!』


「みんなありがとう。それにしても彼女は一体どうしたんだろうか……」


 あの時、僕を睨む凄まじい形相が今でも忘れられない。


 こういう時はお粥に限るのだが、うちに米がないので作れない。


『米ですか? それでしたら、五層に米先輩がいますよ~?』


「!? 急いで五層に向かおう」


『はいっ! 彼女はじゃがいも先輩たちだけでも十分に抑えられると思いますので、心配しないでください!』


 人を信用しないと決めていた僕だけど、目の前で困っている彼女を見捨てることができなかった。どうしてか胸騒ぎがしてしまうからだ。


 それを汲み取ってくれた従魔たちは、介護から護衛まで全てを従魔たちで決めてくれたようだ。本当に感謝するばかりだ。


 早速野菜ダンジョンに入り、野菜モンスターたちに触れることなくすぐに五層に向かう。


 五層の広場に着くと――――中心部の通路の両脇に広がるのは、黄金色のカーテンがなびくかのように揺れているいねたちだった。


『殿。お待ちしておりましたぞ』


「君は……米なんだな?」


『さようでございます』


 まるで侍かのような出で立ちの稲は、僕とそう変わらない大きさをしている。四層で戦った守護モンスターと似たサイズだ。


それがしはここでずっと見守っていましたぞ。殿の成長が嬉しく思うでござる』


 四層の守護モンスターたちとは反応が違うが、素直に嬉しく思う。


『これから某も殿の元に仕えましょう』


「!? いいのか?」


『もちろんでございます。これから屋敷の守りはお任せあれ。早速、屋敷の守りに向かう所存でございます』


「分かった。そういや、なんて呼んだらいいのか教えてもらえるか?」


『はっ。某は米の将軍。ぜひ米将軍と呼んでくだされ』


「わかった。これからよろしく頼む。米将軍」


『ははっ!』


 米将軍は腰に物々しい刀を付けていて、感じる気配からも強者の気配を感じる。


 それから稲を収穫すると、綺麗な白米に変わった。姿は珍しくたわらの状態で包まれている。主さは一つで六十キロくらいある。


 俵が十個現れたので、それらを持って地上に戻る。一つ六十キロもあるはずなのに十個を同時に持ってもそう重いと感じない。


 早速倉庫に持っていき、米の料理をする。


 野菜は大好きなのだが、まさか野菜ダンジョンから米が獲れるとは思いもしなかった。だって米って穀物なのだから野菜ではないはずなのに……。


 そこに何らかの理由があるとは思うけど、今の僕にとって米は非常にありがたいので、気にしない方向でいこうと思う。


 炊き込みご飯を準備しつつ、お粥を作っていく。


 お粥には卵や生姜があればいいのだが、残念ながら両方持っていない。それならば、今ある野菜で野菜粥を作ればいい。


 味を整える調味料は十分にあるので、消化に良い野菜を細かく切って米と共に煮込む。


 熱すぎると食べにくいと思われるので早めに作って、少し冷ましておく。


 完成した野菜粥がぬるめになった頃、テンちゃんが彼女が起き上がったと知らせにやってきた。


 野菜粥と持って彼女がいる部屋に戻ると、体を隠すために着る用に指示しておいた僕の服を着て不安そうな表情で周りを見つめている彼女が見えた。


 少し大き過ぎるのか、ダボダボになっている。


「初めまして。会話はできるか?」


「っ!? あ、あの! ここはどこでしょうか!?」


 初めて会った時の雰囲気はまるでなく、とても穏やかな表情を浮かべている。もちろん。驚いた表情だけど。


「僕は佐藤彩弥。この家の主で、こちらの野菜モンスターたちは僕の従魔たちだ。酷いことさえしなければ、こちらも手出しはしない」


 テーブルの上に野菜粥を置くと、部屋中に甘い野菜粥の香りが広がっていく。


 すると勢いよく「ぐ~」と腹の音が部屋中に響いた。


「っ!? す、すいません……暫くご飯を食べていなくて……」


 申し訳なさそうに話す彼女だが、確かにやせ細った体を見れば、普段からそう食べられる人ではないのがわかる。


「まずは食べてから話そう。野菜粥だ」


 彼女は目を大きくして野菜粥を見て息を呑んだ。


「金もいらないし、毒も入ってない。困った人を放り出すほど――――いや、それは余計だ。さあ、食べるといい」


 今回の一件で、自分でも驚くくらいに人と普通に会話ができるようになった気がする。


 これはある意味……人と距離を置いた自分の気持ちがあるからかも知れない。


 彼女は「失礼します……」とテーブルの前に座り、目の前の野菜粥を一口食べた。


 すぐに彼女の両頬に大粒の涙が流れて、何度も「美味しい」と言いながら食べる姿に、僕も思わず涙が流れそうになった。


 休む場所がなく、いつ死ぬかもわからない絶望。野菜畑を焼かれた時に自分が感じた想いが再度思い浮かんだ。


 野菜粥を食べた彼女は何度も感謝を口にする。


 その時――――彼女の口から不思議な赤い粒子が外に広がっては消えていくのが見えた。

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