第29話

『ご主人様……』


「テンちゃん。今日はありがとうな」


 家に帰って来るとすぐに外で大雨が降り始めた。


 雨が落ちて家の屋根を叩いて音を響かせていく。


 その時、外から一匹の野菜モンスターが現れた。


『主様~! 三層に来てください!』


 ナーちゃんが急ぎ足でやってきては、僕を連れて野菜ダンジョンに向かおうとする。


 特に行かない理由もないので、野菜ダンジョンに向かうことにした。


 一層から二層へ、二層から三層へ。


 たくさんの野菜モンスターたちと共に三層の広間にやってきた。


『ご主人しゃま……』


「っ!? クラちゃん!?」


『あい……また……会えて嬉しい……です……』


 すぐにクラちゃんたちが実っている大きな葉っぱに抱き付いた。


「クラちゃん……本当に悪かった。君を部屋に一人にしてしまって……本当にすまなかった!」


『いえ……僕……あの部屋が……とても……好きです……』


 クラちゃんの気持ちが伝わってきて、僕はただただ涙を流して今が嬉しく思えた。


 暫く野菜モンスターたちとふれあった。


「そういえば、従魔って倒されても記憶が引き継がれるのか?」


『いえ。従魔となったモノは本来倒されたら記憶は引き継がれません』


「ん? ならクラちゃんたちはどうして僕を覚えているのだ?」


『僕達野菜モンスターは、野菜になることで記憶を次の野菜モンスターに移すことができるんです。あの時、クラちゃんが死ぬ間際に咄嗟に野菜に変化して記憶が引き継がれたんです!』


「!? そうか……本当にありがとう。またこうしてクラちゃんと会うことができて、僕は嬉しい」


『ご主人しゃま……僕も……』


「もう誰も君達を傷つけさせたりはしない。必ず守ると誓おう」


 するとテンちゃんが僕の足にしがみついて、首を横に振った。


『ご主人様。これからは僕達も頑張ります。ご主人様を悲しませないように頑張ります!』


「テンちゃん……みんな…………ああ。これからはみんなで一緒に生きていこう」


 僕は野菜たちを守って生きると再度誓った。




 ◆




 それから大雨が続き、毎日玄関にはあの女達がやってきては謝罪のつもりなのか、ずっと土下座を続けた。


『ご主人様……』


「テンちゃん。放っておけ。もう僕達とは関係のない人達だ」


『でも…………』


 テンちゃんが見せる仕草は理解できる。それくらい彼女と仲良くなっていた。


 だからこそ…………だからこそ僕は絶対に許さない。


 食事を取りながら付けたテレビで香楽町のことが流れていた。


「本日も香楽町に来ております! 大雨が降り始めて一週間。被害は大きくなる一方でございます!」


 アナウンサーの言葉が終わるとすぐにコメンテーターたちの議論が始まる。


「この異常気象も全てダンジョンのせいなんだ!」


「でも香楽町にダンジョンはございませんよ?」


「だがあの地を囲うように五つのダンジョンが存在する! 全てはそのせいなんだ!」


「はあ……すめらぎさん? もうちょっと科学的な根拠を提示してもらわないと。そもそもあんたが謳っているダンジョン産肉を食べると凶暴・・になるというのも立証されてないじゃないですか!」


「まだ始まってないだけで、免疫が弱い者は凶暴になるはずなんだ! 徐々に少しずつ自分でも気づかないうちに凶暴になるはずなんだ!」


「はあ…………何を根拠に? データを出してくださいよ。データを」


「っ……! もう発症したら遅いんだぞ!」


 熱心に声をあげる彼に誰もが溜息を吐いた。


 ダンジョンが生まれてからずっとこのような議論を続けているが、一向に答えには辿り着かない。


 一人のコメンテーターをみんなが批判し続けるだけの番組をぼーっと眺めながら、食事を食べ終えて眠りについた。




 ◆




 次の日。


 ようやく一週間ぶりに天気が晴れて、空には眩しい太陽の光が降り注いでいる。


 朝からずっと土下座を続けてきた彼女達の姿はもう見えない。


 ただ代わりに違う女性が立っていた。


 ものすごい形相でこちらを睨みつけている彼女から、殺気に近いものを感じる。


 次の瞬間、彼女が僕に向かって飛びかかって来た。


 目が真っ赤に充血して、両手の爪が鋭く・・なっている。


『ご主人様! 叩いちゃダメです! 優しく!』


 急なテンちゃんの声に全力で反撃しようとしていた僕は、一気に力を抜いて飛んできた彼女の腹部を軽く叩いた。


 軽くのつもりなのに、ドゴーンと大きな音を響かせて、彼女は白目をむいて気絶した。

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