第8話

 地下に続いている階段を降りていく。


「ちょ、ちょっと!」


 後ろから声が聞こえて後ろを振り向くと彼女がいない。


 少し降りた階段から上を見つめた。


「!?!!?!???!?」


 そこには階段を降りられずに宙に浮いたままの彼女がいた。ただ問題はそこではない。


 僕が階段の下から上を見上げたことによって、彼女が空を飛んでいるかのような構図。つまり――――


「!? み、見ないでよ!」


「ご、ごめん!」


 急いで視線を外す。


 顔が熱くなったのが分かる。


 急いで階段を駆け上がって入り口に戻った。


「み、見た?」


「見てない」


「…………」


 お日様の逆光になっていて、中までは見えなかった。これは本当だ。しかし、雰囲気は感じてしまった。


「ま、まぁ……見えないようにしているし、それはいいとして、どうして私は降りれないの?」


「僕も知らない……どうしてなんだろう」


「……? 貴方。喋り方変わったわね?」


「!? こ、これはいづものぐせで!」


「ひい!? お、怒らないでよ!」


「怒ってないず!」


「ひいぃ…………」


 いつもこうだ。


 僕が何かを話すとみんな怒っていると逃げていく。人も動物も何もかも。


 逃げなかったのはおばあちゃんだけだ。


 昔から強面と言われ、人と話すと緊張してしまって言葉も荒くなって訛ってしまう。普通なら逆なのかも知れないけど、いつもこうなってしまうんだ。


「なんで貴方が悲しむのよ……んもぉ…………私がここに入る方法はないの?」


 物腰柔らかな言葉になって聞いてくる女子おなごの雰囲気に少し落ち着く。


「分からない……僕も初めてのことだから」


「ダンジョンにどれくらい入っているの?」


「一週間」


「それだけ!? じゃあまだ入って間もないわね」


「ああ。他のダンジョンは違うのか?」


「違うわよ。誰でも入れるし、こうして入れないことは珍しいわね。こんな不思議なダンジョンは初めてかな」


 ダンジョンに入った時、侵入権利を与えられると言われていた。もしかして彼女に侵入権利がないから入れないのか? そもそも侵入権利はどうやって渡すんだ?


「侵入権利を渡す方法って分かるか?」


「侵入権利? 何それ……?」


 やっぱり分からないのか。テンちゃんも分からないみたいだし、どうしたらいいのか……。


 一緒に悩んでいた彼女が口を開いた。


「じゃあ、ちょっとこうしてみましょう。私の手を握って」


 そうやって手を出す。


「!?!???!?!?!」


「なによ。手を握るくらいでどうしてそんなに驚くの?」


「あ!?!?!?、あ、あ!?!!??!」


「ぷふっ。何よそれ~女性の手を握った事ないの?」


 全力で首を縦に振る。


 おばあちゃんの手なら何度も握って来たけど、年頃の女子の手なんて握ったこともない。そもそも話したこともないから。


「早くしないと私がダンジョンを探索できないでしょう~さあ」


 そして、彼女は僕の手を握った。


 他人の手の感触なんて、僕が分かるはずもないけど、彼女の手はとても温かくて柔らかかった。ただ、指先に少し硬い部分があって、農具をずっと触ってきた僕も知っている。何度も武器を握りしめて努力した証だ。


 少しだけ彼女の努力を感じた気がする。


 彼女に手を引かれて階段を降りる。が、やはり彼女は宙に浮いたままだ。


「う~ん。触れるのは違うか。権利というと…………契約とか?」


「契約?」


「そうね。テンちゃんと従魔契約した時とか経験あるでしょう?」


「いや、契約とかは分からない。僕がやったのは――――ただテンちゃんに名前を付けただけ・・だから」


「そうね。名前を付けてそれを受け入れたのが契約だからね。名前か。もしかして名前が契約のトリガーになる?」


 彼女が手を握ったままじーっと僕を見上げる。頭一つ分の身長差があるので、自然を見下ろす感じになる。


「えっと、私の名前。神崎かんざき千聖ちさと。貴方は?」


「ぼ、僕は――――佐藤彩弥だ」


「彩弥さんね。私は千聖って呼んでね」


「な、名前で!?」


 初めて会った女子を名前で呼ぶなんてできるはずがない!



【個体名『神崎千聖』に野菜ダンジョンの侵入権利を一時的に与えますか?】



 不思議な声が頭に響いた。


 これが権利を与える方法なのか。もちろん、『はい』だ。


「うわあ!?」


 階段の一段目の宙に浮いていた彼女が一段目の階段に落とされる。急な出来事に彼女の体がバランスを崩したので、急いで体を支えて転ばないようにする。


「あ、ありがとう……」


「っ!?!??!? お、おう!」


 急いで手を離して、彼女と距離を取った。


 ニュースで見た事がある。こういうのは痴漢ちかんだと訴えられる場合があると。


「これで入れるみたいね。じゃあ、早速案内してもらうわよ」


「わ、わかった……」


 跳ね上がる心臓の音を我慢しながら、階段を降りてダンジョンの中に入った。


 少し曲がりくねった道を進んでいく。先頭を歩くのはもちろんテンちゃん。可愛らしい尻尾をフリフリと揺らす姿は眺めているだけで心が洗われるようだ。


 広場に到着すると無数の大根モンスターたちが一斉にこちらに向かって走ってくる。


「モンスターがこんなに!? えっ!? ちょ、ちょっと! このままじゃ襲われるよ!?」


「ん? 心配ない。彼らは決して攻撃しないから」


 何度も僕の顔と大根モンスターを交互に見ていた彼女は最後には諦めたように大根モンスターたちを受け入れた。


 その場に座って抱き着いた大根モンスターを撫でていく。


 それを見た彼女もまた、僕の隣に来て大根モンスターたちを撫で始めた。


「見た目と違って硬いけど、やっぱり可愛いわね」


「そうだろ? この子たちはここで平和に生きているんだ」


 大根モンスターたちも心を開いてくれた彼女が気に入ったようで、僕と彼女に群がり始めた。


 暫く戯れた後、彼女の提案で彼らを連れてダンジョン内の探索を行った。


 そこで初めて知ったことなんだけど、奥に二階に降りる階段があった。


「えっ? 二階に行ったことないの?」


「お、おう。大根モンスターたちと過ごしていたばかりだからな……」


「らしいといえばらしいというか……貴方の言葉信じるわ」


 二階に行くのは止めることにした。


 その時、彼女が抱きかかえていた大根モンスターが震え始めた。


「えっ!? ね、ねえ! 大根が震えてるよ!?」


「珍しいな。収穫だな」


 いつもならテンちゃんの指示で収穫になるのだが、珍しく本人の意志で収穫になる。


 モンスターから姿を変えて大根に変わった。


「モンスターが大根になっちゃった!?」


 それから慌てる彼女が面白可笑しくて、久しぶりに心から笑いが出る。


 洞窟の中には大根モンスターたちの歩く音と、慌てる彼女の声と僕の笑い声が響き渡った。

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