第9話
「お、おい……それをくれないと…………」
「や、やだ! 可哀想だよ!」
「そう言われてもな……
「いや! 絶対離さない!」
神崎さんの腕の中には、収穫によって変わった大根を大事そうに抱えている。
すっかりお昼となったので、昼飯にしようと大根料理をしようとしたら、大根を離さないでいる。
「困った……仕方ない。他ので作るか」
倉庫に積まれている大根を数個持ってきて料理を始める。
野菜冷蔵庫で保存していたニンジンと一緒に細く切って紅白なますを作る。酢と砂糖で味のアクセントを整える。
「へぇ……貴方って器用なのね……」
「!? そ、そだなことねぇず!」
「ひい! な、なんで怒るのよ……」
「!? ご、ごめん…………」
「もしかして人付き合いって慣れてない?」
僕は頷いて応える。神崎さんとこんなに話せる自分でも驚きだ。
「ふふっ。やっと貴方がどういう人なのか分かった気がするわ。でも、それを直さないと凶悪犯だと誤解されるわよ?」
きょ、凶悪犯…………確かに鏡に映る顔は少し――――いや、結構強面ではあるか。ムスっとしていて、癖で眉間にしわを寄せている。いわゆる愛想の悪い男が映っている。
「ねえ。少しずつ変えていこうよ。笑顔~ほら。にーって」
彼女は心からの笑顔に変わる。白い歯が見えるくらい満面の笑みを向けられたことがないから初めて見たけど…………これは凄まじい破壊力だ。今にも心臓が張り裂けそうだ。
その期待に応えたい。ここまで誰からも見放された僕なんかに笑顔を向けてくれる彼女が眩しいから、だから僕の心にほんの少しの勇気が灯ったのかも知れない。
柄にもなく笑顔に挑戦してみた。
「ぷふっ! それが笑顔なの~面白い~あははは~貴方って本当に不器用なんだね! ねえ、これからゆっくり一つずつできるように頑張っていこうね?」
自分の笑顔が凶悪なのも知っている。野菜を見ている僕はおばあちゃんでも怖いから変な顔するなと何度も怒られた。でもそれが僕の
そんな僕の笑顔を彼女は心から受け入れて笑ってくれて頑張っていこうって言ってくれた。
それが嬉しくて、気が付けば――――
「ええ!? ちょ、ちょっと! なんで泣くのよ! あ~あ! ハンカチ!」
ポケットから急いでハンカチを取り出した彼女は、そのまま背を伸ばして僕の頬に流れる涙を拭ってくれた。
人ってこんなにも暖かいんだなと初めて知ることができた。彼女は最後まで困った表情で頑張ってくれた。
落ち着いた後、僕は料理を続ける。
その時、彼女は軽く咳き込む。
ただの軽い咳だが、口から赤い粒子のようなモノが見えた気がした。けど、それが気のせいだと分かる。
年甲斐もなく泣いてしまったせいなのかも知れない。
料理が出来上がると言わなくても自発的に運ぶのを手伝ってくれる。が、大根は置いた方がいいんじゃないだろうか……。
「ダメっ」
(こ、心を読まれた!?)
お客様なんだからゆっくり座ってくれていいのに、じーっとしていられない性格なのかも知れないな。
テーブルの上に色んな大根の料理が並ぶ。
「見事に大根ばかりね……」
「あのダンジョンからは大根しか生まれないからな……」
「まだ二階には行ってないんでしょう?」
「ああ」
「じゃあ、二階には新しい野菜モンスターがいるかもね。他のダンジョンも階層で出現するモンスターが違うからね」
「それは本当か!?」
「え!? う、うん!」
思わず彼女の両肩を掴んでしまった。それに気づいて慌てて謝りながら離れる。
というか、普通向かい合わせに座るのではないのか? どうして隣に座るのだろう…………でも向かいだったらそれはそれで緊張するから、隣の方が助かるのかも知れないな。
「ねえねえ。食べてもいい?」
「ああ。どうぞ」
「わあ~! 頂きます~!」
彼女の年齢から考えて、恐らく野菜なんて食べた事もないだろうし、食べたことがあっても、それは罰ゲームのようなモノばかりのはずだ。
それでもテーブル上の大根料理に興味津々のようで、どれから食べようか悩んでいる姿がまた可愛らしい。
(!? と、年頃の女子を可愛いと思うのは犯罪にならないのか!? バレたらすぐに通報されて警察様のお世話になってしまうのか!?)
「ん? また変なこと考えてるでしょう。早く食べないと私が全部食べちゃうわよ? それにしても大根ってものすごく美味しいわね! 甘いし、聞いていた青臭さは全くないし、ちょっと苦いのもあるけど、苦みが美味しいって感じたのは人生で初めてかも」
「そ、そうだろう!? 大根だけじゃない。野菜はどれも美味しくて、健康にもいいんだ! まぁ……モンスターのお肉の方が栄養価があるらしいが……」
「そうね。そういう研究結果があるらしいし、実際にモンスターのお肉を食べた人達は段々と痩せていってるからね。でもね。私は思うんだ。食べ物にしてもそう都合よいばかりではない気がする。何も根拠はないけどね」
ダンジョンはいいことばかりではない。ダンジョンができた周辺の土地は死の土地になってしまうからね。
「でも人は生きていかないといけないのも知っているから。だから一概に悪だとも言えないのがもどかしいね。この野菜たちも本来ならこんなに美味しいのにね…………」
大根料理を食べ進めていると、僕の周りにいつもの天使の姿が見え始めた。
「て、天使!?」
神崎さんが大きな声で驚く。
「そういやそうだったな。大根モンスターから収穫した大根を食べるといつもこの天使が現れるんだ。数十秒すると消えるから気にしなくて大丈夫」
「そ、そうなの? でも天使って……なんだかすごいわね。凄く綺麗だし」
「そうだな。でも触れられないんだ」
手を伸ばして天使が素通りするのを見せる。それをみた彼女も試して不思議そうに見つめていた。
「あ! そういえば、貴方のことをずっと貴方と呼ぶわけにもいかないし、呼び方どうしようか…………」
「呼び方……? まだいるのか?」
「えっ!? え、えっと…………ご、ごめんなさい。私って迷惑……だったよね…………」
「!? ち、違う! そういう意味じゃなくてだな! そもそも今日だけだろうし……」
「……? また遊びに来たら迷惑?」
「!? め、迷惑じゃねぇ!」
「ふふっ。じゃあ、また来るから呼び方決めるね~」
人の関係ってこう決まるのか!? 誰かと仲良くなったことがないから分からない……。
そもそも呼び方って? おばあちゃんはおばあちゃんと呼んでいたし、他人は名前で〇〇さんって呼ぶはずなんだが……。
「名前で呼んでもいいけど、ちょっと違うわね。そもそも私よりずっと年上でしょう?」
「さ、三十五歳だ……」
「へえ~年相応って感じの顔!」
「それ十五歳の時から言われているぞ……」
「ぷふっ! 何だか想像できちゃうかも! じゃあ~佐藤さんとか彩弥さんも微妙だから…………じゃあ! こうしよう!」
「ん?」
「その前に私は千聖ちゃんって呼んでね?」
「!?!??!?!?」
「私はこれから貴方のこと――――――
お兄ちゃんって呼ぶね?」
そう言って首を傾げながら笑みを浮かべた。
言うまでもなく僕の心臓は破裂する程に高鳴り、鼻血まで流してしまった。
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