第19話

 お、おかしい……どうしてだ…………?


 目の前に飛び込んできた一角兎を殴ると消える。跡形もなく。


 あれから何度繰り返してみても、一角兎を持って帰ることができない。気づけば何十回も繰り返しているけど、結局は一角兎が消えてしまった。


 一日中殴ってみても一匹の一角兎も捕まえられないまま、二日目の狩りを終えた。




【ご主人様……】


「すまない……みんなが応援してくれたのに、一角兎が目の前で消えてしまうんだ……」


【変ですね。ダンジョンのモンスターは消えるなんて基本的にないのに……もしかしたら『野菜加護』のせいだったりするのかな……】


「野菜加護?」


 確か鑑定板で僕のスキル内に『野菜加護』というのがあった。


「そもそも『野菜加護』ってどういう力なんだ?」


【はい! 『野菜加護』は、野菜を食べた時に強くなれるスキルなんです。野菜ダンジョンの野菜は特別な野菜なので食べるだけで強くなれるんですが、そこに『野菜加護』が加わるともっと強くなれるのです~!】


「!? まさか……僕の能力値に+50%という表記は『野菜加護』のおかげだったのか?」


【多分そうだと思います~ですけど、目に見える能力上昇だけでなく、色んな効果があるので、もしかしたらその効果によるものかも知れません】


「そ、そうか…………ッ!? そ、そうなると、僕が一角兎を倒すには…………野菜を禁止しなくちゃいけないのか!?」


【残念ながらそうなるかも……知れません…………】


 テンちゃんたちの葉っぱがしおれる。野菜を食べられないという拷問にも等しい感情が伝わってしまったみたいだ。


 野菜を諦めるか、探索者になるのを諦めるか。せっかく誘ってくれた千聖ちゃんと田中さんの優しさを無下にはしたくない。でも野菜を食べられない生活なんて考えられない。

 

 その時、ふと、野菜畑が焼かれた時のことを思い出した。


 あの時に感じた絶望って『懸命に育てた野菜が焼かれた』ことに対して怒ったのか、『野菜が食べられない』ことに対して怒ったのか冷静になって疑問に思う。


 もしかして僕は野菜をただ単純に食べ物としてしか見ていないんじゃないのか? 野菜が大好きだと言いながら、ただ食べるための…………道具としか見ていないのではないか?


 僕のために従魔にまでなってくれた野菜モンスターたちの想いを、僕は踏みにじっているのではないのか? 彼らをただの食べ物としてしか見ていないんじゃないか?


 悔しい。色んな人のモンスターたちの想いを受けているのに、ただ自分が野菜を食べられないからと、それだけの理由で諦めるなんて…………ダメだ。みんなの気持ちに応えたい。だから決意した。


「テンちゃん。みんな。すまんな。でもこれでちゃんと決めたよ。僕は――――これから断食をする!」


【ご主人様あああああ!?】


 従魔たちが僕に寄り添う。


「ありがとう。でも決めたんだ。ちゃんと明日一角兎との戦いを終えて、最高に美味しい野菜料理を食べるよ。だから待っていてくれ」


【ご主人様ああああああ】


 みんなは大粒の涙を流して僕を励ましてくれた。彼らの涙を無駄にはしたくない。だから僕は――――今日野菜を食べない選択を選んだ。




 ◆




 それから二日後。


 野菜加護の雰囲気が消えるまで二日かかることが分かった。そして絶望的に――――腹が減った状態でふらつきながらダンジョンにやってきた。


 最近はあまり空腹を感じなかったので、空腹の辛さがよくわかる。野菜モンスターたちには感謝するばかりだな。


 今日こそ一角兎を十匹倒して絶対に探索者になるんだ……!


 目の前に一角兎が一匹佇む。


 ゆっくりと近づいていくと、こちらに向かって飛び込んでくる。


 少し足がふらつくが、避けて殴り付ける。




 パーーン。




 あ……れ? 一角兎は……? まさか……野菜加護が切れても……消えるのか?


 二匹目、三匹目。次々消えていく一角兎に心底怒りが湧いてきた。


「うわああああああああああ!」


 その場に崩れて全力で地面を叩きつける。


 僕の……僕の努力は所詮こんなもんだよ! 野菜を我慢してまで……従魔たちにも心配かけたのにどうして神は僕にまた試練を与えるというのだ!


 悔しかった僕は何度も地面を叩きつけて、涙を流しながら家に帰っていった。

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