第18話

 緊張しながらも普通に接してくれる受付嬢さんのおかげで探索者になるための手続きに成功した。


 所々、気が緩んでしまうと『憤怒』を発動しそうになるけど、何とかクリアできた。


 どうやらこの街――――香楽からく町にはダンジョンが存在していないようだが、隣町にそれぞれダンジョンが存在するという。探索者ならダンジョンに入るためなら香楽町から無料で列車に乗れるそうだ。


 ここから行ける町は全部で五つで全て隣町だ。


 挑戦難易度順に『青葉あおば町』『城野しろの町』『はやし町』『多賀たが町』『いずみ町』となっている。


 早速青葉町に向かう。


 いつもなら僕の周囲だけ空いているはずが、誰一人僕を気にすることない。今までの人生から考えたら初めての出来事に戸惑いすら覚える。


 列車を何事もなく降りて、看板に従って進んだ場所には地下に続く入口があった。

 

 うちの野菜ダンジョンとは違い、地下鉄の入口のような、遺跡の雰囲気のある入口を降りていく。


 ダンジョン内のルールとしては、探索者同士の争いは基本的に禁止とされているし、地上の法律は全て適応される。ただ、それを監視する人がいないので、トラブルに突っかかる連中も多いと聞く。


 僕は一枚のA4サイズの紙を覗いた。


 画像には可愛らしいウサギなのに目が鋭く真っ赤で頭には角が生えている一角兎が描かれている。名前も『一角兎』で、推奨数値は50となっている。


 僕の最低数値は476なので十分に戦えそうだ。


 青葉町ダンジョンは野菜ダンジョンとは構造が変わっている。広い洞窟の道が続いている感じで、周囲には人も多い。入門ダンジョンとして有名らしく、一人で戦っている探索者が殆どだ。


 一角兎は全て他の人と戦っていて、僕が戦えるモンスターはどこにもいない。


 根気強く中を歩きながら探してようやく一匹目の一角兎と対峙した。じっとお互いを見つめる。普通ならモンスターが襲ってくるはずが、どうしてかこちらに襲って来ない。


 数十秒睨み合っていると、横から矢が飛んで来て一角兎に刺さった。


 矢が飛んできた方向から女の人が不思議そうな声で僕を見つめながら一角兎をリュックの中に入れた。


「睨むだけで戦わないなんて変な人ね」


 彼女はそう言い残してまた次の獲物を求めてその場を去った。


 い、いや……戦わなかったというより様子を見ていただけで…………。


 それからダンジョン内を探索してみたが、やはり一角兎は僕を襲ってはこなかった。


 結果的にその日は一体もモンスターを狩る事ができずに、ダンジョンを後にすることとなった。




【お帰りなさい~! ご主人様】


「ただいま」


【初めてのダンジョンはいかがでしたか?】


「そうだな……僕が思っていたよりもずっとずっと大変で、結局一体も倒せなかったよ」


【そうでしたか……ですが、そういう時もあります。根気強く頑張ればいつか報われると思います!】


 テンちゃんの冷静な言葉に少し勇気が湧いた。


「そうだな。今日も美味い野菜料理を食べて、また明日頑張ってみるよ」


【はい!】


 依頼の期限は五日。一角兎を倒して十体を探索者ギルドで売れば成功となる。初心者向けの依頼でもあるし、一角兎のお肉も手に入るからギルドとしては頑張って欲しいと言っていた。


 その日は増えた野菜を使って色んな料理を作った。




 次の日。


 今日も青葉町ダンジョンに来て狩りを続ける。


 朝早い時間帯だからなのか、周囲に探索者の数がぐっと減っている。これなら一角兎とちゃんと戦えそうだ。


 中を進むとすぐに一角兎と対峙することができた。


 今日こそ絶対に倒す……! 向こうが来ないなら、勇気を出してこちらから攻める!


 一角兎に向かって走り込み、目の前になるとようやく僕に向かって角を立てて飛び込んできた。


 武器は持ってきていない。数値の差が二倍以上なら素手でも倒せると受付嬢から聞いているからだ。


 飛び込んできた一角兎の動きが手に取るように見極められる。


 僕に角が届く前に横に避けて、一角兎を全力で――――殴った。


 拳に当たる一角兎の感触が伝わってきて、一瞬全身が強張るがこちらの攻撃を当てられた快感も湧き上がってくる。少しずつ僕の拳が一角兎の体に埋まっていく。肉や骨の感覚まで手を伝わって感じる。


 そして――――パーンという音と共に、目の前の一角兎の姿がなくなった。


 文字通り目の前から一角兎が消えてしまったのだ。

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