第20話

 家に帰って来てうなだれる僕をテンちゃん達が慰めてくれる。


 とにかく今は美味しい野菜が食べたい。本当は祝うために食べようと思っていた野菜料理を食べ始めた。


 おもむろにテレビを付けてニュースを眺める。


「緊急速報です。香楽町で起きた大きな地震ですが、それ以来起きる気配はありません」


 昨日今日何度も通った駅前の景色がテレビに映る。


「ん? 今日地震があったのか?」


【そうなんです。うちには何もありませんでしたけど、ものすごく揺れました】


「ダンジョンの中だとそういうのは感じなかったからな……それにしても地震か~珍しいな」


 というのも、僕が生まれてダンジョンが現れるようになるまでの間、日本は地震に悩まされていた。なのにダンジョンができるようになって地震が無くなり、過ごしやすくなったりする。ダンジョンができてから地震なんて久しぶりな気がする。


「ダンジョンが現れて二十年。それ以来初めての地震を観測した本日は、緊急事態となり国の全ての研究機関が原因を調査しております。震源は香楽町近くと思われますが、今が震源が把握できずに研究員が周囲を調べております」


「へえ~地震って二十年ぶりなのか……」


「今回の地震によって緊急停車した列車で複数人の怪我人がいましたが幸い死傷者はいませんでした。引き続き地震の原因が分かった次第、報道させて頂きます!」


 画面の向こうの緊迫したアナウンサーの表情を見ながら、口の中に広がる野菜の甘味のギャップが大きくてあまり現実味がない。それに野菜料理を食べると触れられない天使が現れるので尚更現実味がないな。


【ご主人様が何もなくて本当によかったです~】


「ありがとう。テンちゃんたちも無事で何よりだ。もし何かあったらすぐにダンジョンに逃げ込むんだぞ?」


【は~い!】


 テンちゃんだけでなく、他のみんなも優しく撫でてあげる。


 テレビの中の騒ぎを眺めながら、食事を終えると、丁度現実に直面してどうするべきか悩み始めた。ただ、悩んでいても仕方がないので、一度探索者ギルドに向かって現状を伝えることとした。




 ◆




「え、えっと…………一角兎を殴ると消える?」


「はい……」


「…………初めて聞く症状ですね。ですが一角兎を持ってこれないとクリアにはならないので、探索者にはなれません」


「そ、そうですか…………」


 駄々をこねるわけにもいかないので、受付嬢に「お世話になりました」と会釈して探索者ギルドをあとにした。




 ◆




 佐藤彩弥が冒険者ギルドを後にしたあと。


「はあ……一角兎が消える? そんな言い訳・・・なんて初めて聞くな。ガタイがいいのに性格はなよなよしていたし、変な人だったわね」


 彩弥に対応した受付嬢が大きな溜息を吐いた。


 そんな彼女を心配してか、近くの先輩受付嬢が声をかける。


「どうしたの?」


「それがですね。探索者志望の人が来て、一角兎を殴ったら消えてしまって捕まえることができなかったと言い訳をしてきて……」


「ぷふっ! 何その言い訳。初めて聞く言い訳だね」


「そうなんですよ。指示書も返されたんです。これですね」


 そう言いながら一枚の紙を取り出す。


 そこには一角兎の絵や詳細、ダンジョンなどが書かれていた。


 先輩受付嬢はその指示書をじっと見つめる。


「何か変だなと思ったらこの指示書。ここおかしいわね~」


 そう言いながら指さした場所は、推奨数値の場所だ。


「本当だ! これ誰が作ったんだろう……推奨数値50・・って……一角兎の推奨数値はなのに。50ともなればもはや上位ダンジョンですものね」


「そうね。間違って0を書いてしまったのかも知れないわね。でもまあ、この指示書を貰った人が探索者になれないみたいだし、そのままシュレッターに掛けてしまったら?」


「そうですね。被害があったわけではありませんし」


 そう言いながら、彩弥から返された指示書をシュレッターに入れる。


 機械が動く音が聞こえ、紙は吸い込まれるように姿を消した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る