第21話

 家に帰って来ても溜息ばかりが続いた。


 このままどうしたらいいのか。このまま探索者になれないままでいいのかな? でも……仕方ないじゃないか。魔物をまともに捕まえることもできず、野菜を我慢したくはないし、このまま諦めるしかないのかも知れない。


 気が付けば、そのまま眠りについて久しくみていない、いや、最近よく見るようになったあの時・・・の夢を見た。




 ◆




 二十五年前。


 佐藤彩弥が十歳の頃。


 人よりも体が大きかったが、人より一倍気の弱かった彩弥は田舎では目立つ存在であった。


 そんな彼を心配した担任は彼に部活としてバスケットボールを勧める。そこには真剣にバスケットボールを頑張っている仲間も多く、彩弥にとってキラキラと輝いて見える世界であり、そこに自分が加われるなら頑張りたいと思った。


 だがしかし、それはすぐに終わることとなる。


 十歳の年齢では身長や体の大きさを覆せる程の力を発揮する子供はまだいない。それがまだ中学か高校だったのなら問題になっていないかもしれない。だが、十歳という年齢にはその圧倒的な力の差は絶望にも等しかった。


 彩弥が参加してから数日で上級生含む大半の学生が全員部活をやめていった。


 まだ小学での部活ということもあり、遊びに近かったからかも知れない。それでもその出来事に彩弥もまた絶望するのは言うまでもない。


 さらに噂が広まり、彩弥はいわれのない批判を受けることとなり、彼に近づいてくる生徒はいなかった。さらに彼を誘って多くの生徒を傷つけたと担任までもが別学校に緊急異動となった。


 それによって彩弥は人をより信じなくなった。


 そして五年が経過した。


 中学三年生となった彩弥はとある人と仲良くなる。それはクラスメイトであり、隣席に座る美女で、学年のマドンナとして有名な人だった。


 彩弥にとっては美貌がどうこうよりも誰かと仲良くできることが嬉しくて、彼女の頼みなら何でもこなした。


 帰り道の反対側にある彼女の家までカバンを運んで帰ったり、朝も早く起きて畑の世話を終わらせてから彼女を迎えに行くなど、友人として彼女のために頑張っていたのだ。


 それから数か月後。


 それは奇しくも世界にダンジョンが生まれるその日であった。


 彼女の頼みで少し暗くなった頃に街に出かけた。


 普段から街には出かけない彩弥だったが、親友と思っていた彼女だからこそ彩弥は迷うことなく向かった。


 彼女に呼ばれた場所はとあるスーパーで、すでに営業が終わって真っ暗になっていた。


 そこで待っていると、内側から硝子が割れる音が聞こえて中から数人の男と女が出てきた。


 その中から現れた一人の女性が彩弥に近づく。髪型や衣服を変えていても彼女であると分かる。


 彩弥を見つけた彼女は自分のためにその場に残って逃げた逆方向を指差して欲しいと言い残して足早にその場を離れた。


 直後、警察が複数現れて当然のように現状を聞かれたが、彩弥は彼女を思って嘘をついてしまった。


 罪悪感にさいなまれながら歩いた彩弥の視界に入ったのは、公園に集まって盗んだ酒やタバコ、食い物を食べているワルたちを見かけた。


「ん? あいつってさっきの雑魚じゃねぇ?」


 一人が指差したのは顔を真っ青にした彩弥だった。


「きゃはは! おかげで助かったね~相棒! お前のおかげで警察も全然こちらに来ないぜ。ミリ。お前のおかげだ~ありがとうよ~」


「ん? あ~えっとサイヤだっけ。いつもご苦労」


 そこにはタバコと酒を握りしめた彼女の姿があった。


「い、一体何をしているんだ!」


 思わず声をあげた彩弥だったが、もちろん笑われるだけ。


「なにうるさく言うのよ。別に…………世界なんて楽しめればそれでいいのよ。どこのどいつもこいつも私を綺麗だとかみんな汚い目で見やがって、あんたも所詮は下心で私に近づいてきたんでしょう」


「ぎゃはは~ミリは可愛いからな~」


 リーダー格の人なのか、酒に酔った彼女の唇を奪う。普段からも慣れた姿に彩弥は今まで彼女に対して親友だと思っていた感情が揺れ動く。


「ち、違う! 僕は……そんなつもりじゃ…………」


「おいおい。うちのメンバーに変なちょっかいを出しやがって。せっかくだ。有り金でも全部置いていけ」


「!?」


 すぐに彩弥を複数人が囲い始める。


「ミリ。あいつボコってもいいのか?」


「ん~いいんじゃない~? どうせあいつも私の体が目的だっただろうし」


「ぎゃはは! 違いねぇ!」


 みんなに見られながら唇を重ねる彼女を見た彩弥は何とも言えない気持ちに陥る。


「おいおい。黙ってないで何とか言えよ!」


 一人の男が彩弥に全力で殴り掛かる。


 鈍い音が周囲に響いた直後、男が「痛ぇええええ!」と大きな声をあげる。


 普段から鍛え続けていた彩弥の体は鋼のように強くなっていて、また世界に『ダンジョン』が生まれる直前、世界の祝福が配られる寸前だったこともあり、彩弥の体には大きな変化が始まっていた。


 だが、それに気づく者はいなかった。本人でさえも。


 その場にいた大勢の人が彩弥を殴り蹴る。大勢に殴られている間も隙間から男に唇を重ねながら、死んだような目で彩弥の方を見つめていた彼女が小さく「くださん……」と呟いたのが彩弥に聞こえた。


 彩弥が初めて信じた人は、ただ自分を使うためであると知った彩弥は、小学生時代の出来事を思い出して、心の底から怒り・・が湧き出た。



 ――【世界で初めての最大怒り感情を確認。個体名『佐藤彩弥』に因子『憤怒』が与えられます。】



 ダンジョンが生まれる直前。世界で十四人の最大感情を持つ者達に因子が配られた。


 彩弥に受け継がれた『憤怒』によって、彩弥は二十年以上苦労することになるが、それでも『憤怒』よりも人々の嫉妬、裏切り、思い込み、断絶。色んな出来事によって彩弥は人に対して信じるという感情を失ったのだ。


 その日、彩弥によって全滅したワルの集団は強盗犯としてその日のうちに捕まることとなった。


 そして学校内では捕まってしまった彼女と仲良くしていた彩弥をさらに遠ざけることとなり、誰も信じなくなった彩弥は誰と関わることなく二十年を生きることとなる。




 ◆




 次の日の朝。


 勢いよく家の中にチャイムが鳴り響く。


「お兄ちゃん~!」


 外から元気な千聖ちゃんの声が聞こえて、ゆっくりと扉を開いた。

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