最終話
泉町ダンジョンから魔王が出現してから二か月が経った。
まだ日が昇る前、うちの庭に多くの
「本日もよろしくお願いします!」
「「「「よろしくお願いします!」」」」
みんな手慣れたように、それぞれの持ち場に移動して準備を進める。
「お兄ちゃん~」
いつもの学校制服でやってきた千聖ちゃんと未来が手を振る。
手伝わなくてもいいと言っても毎日来てくれる。
まだ日が上がる少し前。千聖ちゃん達も準備を手伝ってくれて一時間程で全ての準備を終えた。
すると待ってましたと言わんばかりに、足早にうちの敷地内に入って来る大勢の人。
「「いらっしゃいませ~!」」
慣れたように制服のままエプロンをかけた千聖ちゃんと未来が挨拶をする。
「おはよう~千聖ちゃん~今日も可愛いよ~」
「未来ちゃんもおはよう~今日も笑顔が可愛いよ~」
おっさん達の遠慮ない「可愛い」という言葉が二人に送られる。
やってきた人達が席に着くと「朝食セット~」とみんな口を揃えて話す。
従業員達――――孤児院の孤児達が慣れた手運びで次々朝食を作り上げる。
お盆にはふわふわの白い米と特製野菜たっぷり味噌汁、生卵、ボリュームたっぷりの肉じゃが、野菜増し増し、新鮮な野菜スティックなどが並んだ。
現在僕達の『野菜食堂』は多くの人に朝食と昼食を提供している。朝食は多くの要望があって開いている。その甲斐もあって連日大盛況だ。
ご飯と野菜を一緒に食べてから味噌汁に流し込む。それを繰り返す人達の顔は笑顔に染まる。
食べ終わったお客様は、支払いを素早く終わらせて、みんなそれぞれのお仕事に向かう。
「いや~今日も元気が出るぞ~頑張れるぞ~」
「「ありがとうございました~!」」
出勤前に来る人が多いので、客が少なくなると、次は千聖ちゃんと未来が賄いを食べ始める。
開店時間が終わり、すっかり明るくなり、千聖ちゃんと未来が食事を終えてから学校に向かう。
僕達も食事を取って、少し休憩をして、お昼の準備をする。
お昼になるとまた多くの人が訪れてくる。
「いらっしゃいませ~!」
「久那ちゃん~今日も可愛いよ~」
「えへへ~ありがとうございます!」
やっぱり女の子には「可愛い」と伝えた方がいいのだろうか?
「彩弥さん~今日も表情が暗いぞ~」
「お、おお……気を付ける……」
「いやいや、明るい彩弥さんだと
「違いねぇ~」
最近はみんな僕に対しても冗談を言ってくれるようになった。
中にはすっかり仲良くなって、家であったことだったりを色々話すお客さんも増えてきた。
「店主さん~ご馳走さま~」
「ありがとうございました」
向けられる笑顔に笑顔で応えられない自分に、いつも千聖ちゃんが怒ってくれるけど、二か月が経っても、やっぱり直せなかった。
昼食時間が終わり、片づけをしていると、足早に入って来る影が二人。
「「ただいま~」」
「おかえり」
学校が終わって真っすぐ向かってくる千聖ちゃんと未来だ。
すぐに野菜モンスター達と触れ合う二人は、次々野菜達の世話を始める。
片づけが終わると、従業員である孤児達により、食堂が学校に変わる。
国のシステムはよくわからないが、ここにいる孤児達の大半が学校に行けないらしい。ただ、高校生からはお金さえ払えば通える学校が近くにあるらしいので、それまでは先生になるのは千聖ちゃんと未来だ。
二人の先生による丁寧な授業が始まり、孤児達はみんな楽しそうに授業を受ける。
ダンジョンの登場によって急速に変わった世界。
僕だけはずっと畑の中で過ごしていたから、世界がどういう風に変わったのかは知らなかった。
誰もいない畑で一人黙々と仕事をしていた自分。
他人を寄せ付けずに、ただ生きるためだけに生き続けていた。
その時はなんの疑問もなく、生きていることを、野菜を育てることを、喜びとし生きてきた。
けれど、こうして人々に触れていると、人というのはとても温かくて楽しいということを知った。
色んな出来事があって、辛かったことも多かった。でも、今の僕なら迷わず言える。
――――「今の生活には十分満足している」と。
授業が終わると、みんなで夕飯を一緒に食べる。
二か月も立つと、みんなを家の中に入れてはいるが、人数が多いので結局は食堂が一番便利だ。作る時の手間も考えればなおさらだ。
夕飯をみんなで食べ終えて、千聖ちゃんだけを残してみんなが帰っていく。
未来はみんなの護衛だそうだ。今でもたまに荒っぽい連中が出るらしいから。
野菜モンスター達と共に、一緒にこたつに入る。
「冬じゃないけど、こたつって本当に偉いよね~」
まだ初秋で昼は暑いが、夜は涼しくなる。こたつは薄い布団で付けている。
「そういえば、田中さんが表彰されたよ~」
すると残念そうな表情を浮かべた。
「お兄ちゃんが貰うべきものだったのにね……」
「いや、ああいうのは好きじゃないから……」
「ふふっ。でも私達はちゃんと知っているからね? みんなを助けてくれたのは――――お兄ちゃんだって」
「ああ。それだけで十分だ」
本当にそう思っている。ああいうものを渡されても困るだけだ。僕はここで野菜モンスター達と野菜達に囲まれて、腹を空かせた人々に野菜を堪能させたい。
それに、『野菜食堂』は平日しか開いておらず、週末は休みだ。
毎週休みとなれば、千聖ちゃんに未来、田中さんに二人の探索者さん達もやってきては、みんなで野菜ダンジョンを攻略している。
既に十二層まで突破したおかげで、獲れる野菜の数がとても増えた。
中でもまさか
苺の野菜モンスターはとても香りがよく、部屋に一緒にいるだけで幸せな気分になったりする。
「ねえ。お兄ちゃん」
「ん?」
「私、高校卒業したら、ここで雇ってくれない?」
そういや、ここ最近毎日こう言われるようになった。
ただ、僕も人々と触れたおかげで、少しは社会について知ることができた。
「まず、大学に入って――――」
「え~大学は嫌だ……行きたいないもん」
「でも色んなことを学べるだろ?」
「それはそうなんだけど、この町に大学はないから……」
「そればかりは仕方ないしな。野菜は定期的に送るよ」
「…………そうじゃないよ。テンちゃん達は可愛いし、毎日会いたいけど……」
そのあと、千聖ちゃんは小さい声で「お兄ちゃんに会えないじゃん……」と呟いた。
今までの自分ならその言葉にドキッとしてしまうかも知れない。いや、現実にドキッとしている。でも…………。
「僕は小さな畑の中でずっと過ごしてきた。本来ならもっともっと見えていた景色を、自分から見えなくした気がするよ。でも学ぶことで良いことがたくさんあると知ったから。千聖ちゃんには後から後悔しないようにたくさん学んで欲しいんだ」
千聖ちゃんは返事はせず、何かを考え込んだ。
そして、すっかり暗くなったので、千聖ちゃんの家まで彼女を送り届ける。
彼女が強いのは知っているが、こういう時はしっかり男が送り届けるらしい。これもお客さんから教わった。
家の中に入る彼女を見届けてから、暫く待つ。このまま帰ると怒られるからだ。
数分もしないうちに、二階の窓が開いて、彼女が窓から顔を出して手を振った。
彼女に手を振って僕は家に帰っていった。
◆
それからさらに日が経過して、一年が経過した。
『野菜食堂』はもちろん大盛況、今では食に困っている大勢の人を雇うという形で、従業員になってもらっている。孤児だけでなく、仕事を失った大人達も何人かいるし、母子家庭の人もいるので、お昼営業が終わると彼女達のお子さんもやってきて一緒に夕飯を食べてから帰る。
その日の夕方。
今日は不思議とニヤニヤしている千聖ちゃんが、テーブルに伏せて妖艶な目で僕を見つめた。
「お兄ちゃん」
「お、おう?」
「以前、大学の相談したの覚えてる?」
「あ~一年前くらいだっけ」
「えっ? 覚えてくれてたの?」
「そりゃ、あれだけ毎日言ってたのに、急に言わなくなったからな」
「ふふっ。それでね。あの日から色々悩んで、色々考えて思いついたの。大学について。それでね? やっと今日報告できるようになったんだ」
「報告?」
ニヤニヤしながら鞄から一枚の紙を取り出した。
そこには――――
『野菜大学』
という見出しで、大きな校舎の絵と、野菜の絵が描かれていた。
そこには来年オープン。野菜大学の入学者を募ると書かれていた。
「ん!? もしかして、以前言っていた一億円の使い道って!?」
「えへへ~うん! これだよ! ちなみに大学のオーナーは――――もちろん、お兄ちゃんだからね。私が決めたから」
「ええええ!?」
実は半年前にティーガル社のアルフレッドさんと知り合っていた千聖ちゃんは、色々相談事を持ちかけたらしく、その時に僕が一億円を持っていると知ったそうだ。
お金に関しては貯まるばかりで、使い道に困っていた一億円は全て千聖ちゃんに渡すことにした。もちろん、彼女は念書まで書いて
「近くに建設されていた広大な建物って……」
「うん! アルさんにお願いして空いた土地全部貰って、野菜畑にすることが決まったし、ちゃんと教授のみなさんもアルさんの力で集めたし、従業員も決まってるよ~それに、意外と入学したい生徒もたくさんいるんだよ? まあ、主席はこの神崎千聖のものですけどねっ!」
あはは……まさかこんなことになるとは。
「お兄ちゃんに言われた通り、ちゃんと大学でたくさん学ぶから。でもやっぱりここから離れたくはないから」
「…………そこまで野菜が好きだったのか?」
「えっ!? ち、違うよ! いや、好きだけど!」
「そ、そっか」
「わ、私が好きなのは…………誰よりも優しくて、困ったらすぐに助けに来てくれて、ちょっと笑うのが不器用だけど、心はとても温かい人なんだから…………」
「そっか。千聖ちゃんにもそういう想い人っていたんだな」
「へ?」
「いや、お客さんから、
「…………」
「ん?」
「な、何でもない。わかった。もうこうなったら実力行使します」
「??」
よくわからないけど、少し怒った千聖ちゃんだ。
というか、僕に可愛さはよくわからないが、千聖ちゃんはきっと可愛いんだと思う。
学校でもきっと人気者に違いないだろう。
「そういえば、お兄ちゃんって随分の体格が変わったね?」
「昔みたいに農作業はしてないからな。最近体が軽くなった気がする」
「うんうん。昔はゴリラみたいだったけど、今は細マッチョだね~」
ご、ゴリラ……。
いたずらっぽく笑みを浮かべた千聖ちゃん。
今日もいつも通り、彼女を送り届けた。
◆
それからさらに一年が経過した。
なんやかんや僕がオーナーということで大学が開始した。
オーナーと言っても、名ばかりで全てはアルフレッドさんがやってくれて、優秀な学園長が全てを仕切ってくれる。
千聖ちゃんも大学は楽しいらしく、あったことや出会った人々を色々教えてくれた。
そして、とある日。
お昼営業が終わる直前に数人が中に入ってきた。
「いらっしゃ――――おかえり~!」
久那ちゃんの挨拶に釣られて見つめた場所には、十人くらいがいて、その先頭でひときわ目立つのは、千聖ちゃんだった。
何だかいつもと雰囲気が違う。
「ただいま~今日は友達を連れてきたから、よろしくね~」
「は~い。こちらにどうぞ~」
案内を受けてテーブルに着く。
周りをキョロキョロ見回す千聖ちゃんの友人達。
そっか。やっぱりどこにいても千聖ちゃんの周りには人が集まるんだな。
そんな中、一人の女子が僕を見て凄く驚いた。
「ね、ねえ。千聖ちゃん? 凄く怖そうな人……いるよ?」
「ん? あ~あの人ね?」
僕を指差す。みんなちょっと怖そうにしている。
いかん。気を抜くとスマイルを忘れてしまう。
すると、席を立った千聖ちゃんが、僕の下にやってきた。
「ちょっと来て!」
「お、お?」
僕の右腕を抱き締めて、ぐんぐん引っ張っていく。
みんなの前に立たされた僕。そして千聖ちゃんが口を開いた。
「この人が前言ってた人!」
「えっ……? あ~! もしかして――――――千聖ちゃんが好きだって人?」
へ?
そこに追い打ちをかけるかのように衝撃的な答えが返ってきた。
「そうだよ! 彩弥お兄ちゃんっていうの。こう見えても凄い人なんだよ?」
そう話すと、みんな口を揃えて挨拶をしてくれた。
ただ、僕はそれどころじゃなかったので、誰一人名前を覚えることもできず、気が付けば、こたつの中でボーっと外を眺めていた。
「お兄ちゃん? どうしたの?」
「はっ!?」
帰って来た千聖ちゃんがこたつの中に入ってくる。
「ねえ。お兄ちゃん。私、もう迷わないから」
「へ?」
「ふふっ。狙った獲物は……ううん。これはちょっと違うかな? 魔物ならいつも倒せたから……人ってなんていうんだろ?」
「さ、さあ……?」
「ふふっ。まあいいや! お兄ちゃん? これからも末永くよろしくお願いします」
「す、末永く!?」
「色々ハードルがあると思うけど……うちの両親ちょっと気難しいからよろしくお願いします」
よろしくお願いしますって一体何を!?
あたふたする僕を見て、腹を抱えて笑う千聖ちゃん。僕も釣られて笑ってしまう。
うちに僕と千聖ちゃんの笑い声が響き渡った。
小さな畑で農作業ばかりしてきた僕だけど、今では多くの野菜モンスターと野菜達に囲まれて楽しく生きている。
気づけば、多くの人にも囲まれて、辛いこともたまにはあるけど、それを忘れるくらい毎日が楽しくて幸せだと思える。
そんな僕の新たな人生は――――まだ始まったばかりだ。
――――【完結】――――
ここまで【晴耕雨探の兼業農家~畑が燃えたらダンジョンが出てきたので取りあえず潜ってみたら、未知の野菜の宝庫でした。どれも旨くて最高ですが、なんか身体の調子が良くなり過ぎて逆に怖いんです~】を読んで頂きありがとうございました!
最後のストーリーは一気に見せたかったのもあって、凄い文字数になっちゃいました……(最後だから許されるよねっ!?)
当作品を書いていると、不思議と僕自身の心が温かくなって、時には涙を流しながら書いておりました。
みなさんは当作品に何か思い出は残ってくれたでしょうか? そうだとすれば、当作品に込めた色んな思いが報われると思います。
最後になりますが、本当に最後まで読んでくださり、心から感謝申し上げます。
これからも色んな作品を紡いでいきますので、またどこかで御峰。の作品に会いましたら読んでみてください。
ありがとうございました!!
晴耕雨探の兼業農家~畑が燃えたらダンジョンが出てきたので取りあえず潜ってみたら、未知の野菜の宝庫でした。どれも旨くて最高ですが、なんか身体の調子が良くなり過ぎて逆に怖いんです~ 御峰。 @brainadvice
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