第26話

 大都会にポツンと置かれている一軒家。そう広くない敷地には真っ黒の焦げた土地が目立つ。


 その家の中から一人の大男が穏やかな表情を浮かべて外に出る。


 彼に続いて、小型犬サイズの野菜モンスターたちが続いて出て来る。


 彼は当然のような足運びで家から焦げた土地に向かって歩く。


 そこには地下に向かって作られている不思議な階段があって、その階段を降りた。


(やっぱりあの階段を降りられるわね……私は降りれなかったのにな)


 大男の家から程なく離れた場所に双眼鏡を持った女は、今日も大男を見張っていた。


(千聖はどうしてこんな男が気になるのでしょうね……弱気だし、野菜なんて好きだし……まぁ体はそこそこいい体だけど、もうおっさんだしな……)


 時計を取り出して時間を確認しながら、持ち場を離れてダンジョンに向かった。




「未来ちゃん~こっち~」


 女がダンジョンに着くと、美少女が嬉しそうに手を振る。その笑顔に彼女は何度も助けられた。


 だからこそ――――自分達から彼女を奪おうとする大男に怒りが込み上がる。


「最近遅いね?」


「ごめんね。でも心配しなくても大丈夫。そろそろ片付く・・・から」


「ん? あまり無理はしないでね?」


「もちろんよ」


(大丈夫。貴方は私が守るんだから)


 その日も彼女たちはダンジョンに潜り、夕方になるまで狩りを続けた。




「あれ? 今日も?」


「ええ。ごめんなさい。少し急いでいるから。千聖――――もう少しだけ待ってね」


 足早に消える女を心配そうに見守る千聖だが、他のメンバーとの打ち上げに参加するためにレストランに向かう。


 本来なら打ち上げではなく、気になる場所に向かいたい千聖だったけど、場の乱れを作らないようにとパーティーメンバーとの時間を優先する千聖だった。




 ◆




(やっぱり、今日もこの時間ね。恐らく昼前に一度戻ってるのか? それにしても…………ダンジョンの中から野菜をあんなに持って出てくるなんて不思議ね)


 大男は両手いっぱいの野菜を持って、家に戻り、またダンジョンに向かってから暫くして大量の野菜を持ってくるのを繰り返す。


(最近は毎日野菜を持ってくるわね……何かを企んでいるようだけど、千聖が野菜にされてしまう前に早く何とかしなければ…………)


 女は悔しそうに暗くなる中、双眼鏡を外して遠くの一軒家を睨む。


 見張るためだけに借りた高層マンションのベランダから離れ、明日の準備を進める。


(あんな冴えない男に千聖はやらない。野菜が美味しいとか毒されていく千聖を守らなきゃ…………)


 次の瞬間、女は咳を込む。


 暗い部屋の中、彼女の口から目に見えない赤い粒子が出ていたのは誰も知らない。




 ◆




 次の日。


 今日も今日とてダンジョンに向かう大男を見送った。


 そして、女は行動に移る。


 マンションから外に出て、一気に一軒家を目指して走る。


 特別な才能『上忍』を授かった女は、人よりも走る速度が速いし、隠密行動が得意である。


 通り過ぎる人々にすら気づかれることなく、彩弥の屋敷に入った。


 そこには美味しそうな野菜料理が充満しており、女は思わず息を呑む。


(これが……千聖を毒に冒すための料理ッ……!)


 部屋の間取りは以前訪れた時に全て覚えている。


 女は倉庫に向かい目の前の野菜を全て――――切り刻んだ。食べられないように一つ一つ踏みつぶして、野菜を全て処分する。


 そしてゆっくりとリビングに入った女を待っていたのは、窓際からこちらを見つめる視線だ。


 女が『上忍』でないなら気づくことはなかっただろう。だが、窓際から視線を送る存在――――野菜モンスターに気づいてしまった。


(っ!? オクラとか言ってたわね。これも処分しておかないと)


 彼女の短刀により、大男の従魔クラちゃんたちが地面に落ちる。


 そして――――クラちゃんたちは彼女に踏まれた。

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