晴耕雨探の兼業農家~畑が燃えたらダンジョンが出てきたので取りあえず潜ってみたら、未知の野菜の宝庫でした。どれも旨くて最高ですが、なんか身体の調子が良くなり過ぎて逆に怖いんです~

御峰。

第1話

 僕はずっと田舎に住んでいた。何か得意なこともなく、大好きな野菜を育てるのが好きで、気が付けば野菜農家として生計を立てていた。


 しかし、うちが持っていた畑は実は父方親戚のモノであり、普段からあまり関りのなかった従兄弟いとこが土地の権利を持つと、今まで育てていた僕は追い出される形で農家を辞めさせられた。


 三十歳になるまで普通の職場で働いた事もない僕は次々面接で落ちて就職ができず、どこにでもあるようなスーパーのバイトすら受からなかった。


 そんな中、母方親戚から余った土地があるから野菜を育てないかと言われ、僕は長年住んでいた田舎から親戚が住んでいる街に引っ越した。


 引っ越した街は最初こそのどかな街で、おばあちゃん一人で畑を切り盛りしていたのを僕も手伝うようになって、二人で毎日美味しい野菜を育てながら三年の年月が過ぎた。


 しかし、そんなある日。元気だったおばあちゃんだったけれど……やはり年齢による運命には抗うことができず、全ての土地と家を僕に残して天国に旅立ってしまった。


 それから月日が経過して二年が経過した。


 この街に来て五年。最初はのどかな街だったけど、開発がどんどん進んで近くに高層ビルが建ち始めて、周りの土地はどんどん高値で売り払っていった。


 元々高齢化が進んでいた街だから、若者は僕しかいなくて……いや、僕も既におじさんと呼ばれる年齢になってしまったけど。


 おばあちゃんが亡くなって二年で、僕が住んでいた街の畑は僕の家と後ろの庭にある広い畑だけとなった。




「佐藤さん。いい加減にしてくださいよ」


 畑に行く前にずかずかと人の屋敷に入って来たスーツ姿の彼は、眉間にしわを寄せて僕に問い詰めて来る。


「あのですね。ここら辺一帯は、うち『解水げずい不動産』の開発によって大都市に成長したんですよ~。最後の土地は佐藤さんの土地だけなんです。ここに佐藤さんの家があると色々邪魔なんです!」


 以前は丁寧な言葉だったのに、この人もすっかり口が悪く・・なったな。


「だから――――売りませんって!」


「っ…………あのですね! 今時、野菜なんて流行らないんですよ! 野菜を買う人なんて今時いないでしょう!」


 彼が言うことも正しい。


 二十年前。僕が十五歳の時に日本全域に現れた『ダンジョン』。


 それの登場によって世界は大きく変化していった。


 ダンジョンの中にはモンスターと呼ばれている怖い化け物がいるのだが、モンスターは倒したら食材にもなるし、爪などは素材として利用できる。


 その中でも最も効果を持ったのが、まさに食材だ。


 モンスターの食材の研究が進んだら分かった事は、強いモンスターであればある程、その食材は美味且つ非常に高い栄養価を持つのだ。


 僕が十五歳までの常識なら、食卓はバランスの良いように、主食や副食が並んでいるのが当然なのだが、今は違う。


 モンスターの食材で作った料理一つあれば、人が自然から作った食材など比べ物にならない程栄養価が高く、そして――――太らない。それが世界の食の常識を大きく変えた。


 まだ果物は人気がある。何故なら甘い美味しさがあるからだ。


 しかし、最も被害を受けたのは――――野菜である。


 元々野菜は新鮮さによる甘さはあったものの、糖度があるわけではないので甘さを摂取するために食べるものではない。どちらかというと高い栄養価のために食べるのが殆どだった。


 それが時代が代わり、モンスターの肉だけで栄養価が足りるというか、寧ろジューシーで美味いお肉で野菜よりも高い栄養価があり、そして不思議と人体にはものすごい効果が抜群で、多くの人の肥満を解決することとなった。


 今は畑なんて全部潰してダンジョンのモンスターを専門的に狩る『狩人』になる人が殆どだ。


 それにダンジョンはより深く潜れば潜る程に強いモンスターが現れ、また人では作れない不思議な『アイテム』というのをドロップする。それを目指す『探索者』は、今もっとも目指す人が多い職業だ。


「それは分かってます……でも僕はここで野菜を育て続けたいんです」


「ちっ……この田舎者が! いつまでもこうしていて許されると思うなよ!」


 遂に堪忍袋の緒が切れたのか、珍しく怒声を上げて帰って行った。


 そもそも僕がここに暮らしているのは野菜が好きだからだけど、それよりも数年間一緒に住んでいたおばあちゃんが残してくれた土地と家で生きていたいという想いが大きいからだ。


 もしかしたら街の発展が多くの人にとって大切なことかも知れない。


 それでも僕としては誰かの想いを尊重すべき世界があってもいいと思う。


 だから僕は今日も野菜を育てる。


 生まれながら強面という理由だけで多くの人達から白目に見られ、野菜を育てることが何よりも楽しい毎日になったのに…………あの時、親戚の従兄弟からも「野菜なんて育ててないで、強面を活かして探索者にでもなれよ!」と怒られ追い出された。


 どうして僕はこうも追い出されなければならないのか…………悔しくて涙が溢れた。




 ◆




「おい。電気が消えたぞ」


 彼らが見つめる先は、周囲の高層ビルとまるで違う古い一軒家とそれを囲う2メートル程の壁に囲まれている。


 そこは佐藤さとう彩弥さいやという男が一人で住んでいる家である。


 黒い覆面を被った男たちは、前にいる男の合図で一斉に壁に向かって走った。


 そして慣れた手つきでその手に持っていた――――火炎瓶を畑に投げつける。


 投げ込まれた火炎瓶は静かに畑を焼き始める。


 火が昇るのを確認した黒い覆面の男たちは、素早くその場を後にした。

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