第15話

 すっかり日が経ち、一週間が経過した。その間、千聖ちゃんは一度も遊びには来ていない。


 野菜ダンジョンの四階に向かうべきか悩んでいたけど、結局は行かないことにした。何となく彼女と一緒に向かうべきかなと思ってしまった。


 ただ、正直に言えば彼女がいないから四階に行かなかった。という訳ではない。


 僕の頭を悩ませているのは探索者になるべきか、このまま何かをするわけでもなく野菜ダンジョンから生まれる野菜で生活をするのかだ。


 このまま生活に苦労はしないと思う。家賃がかかるわけではないし、光熱費はそう多くかからないので貯金で十分間に合わせられる。食材はもちろんのこと、これだけ美味しい野菜なら売れるかも知れない。そればかりはモンスターたちの意志を確認しないといけないけど、ひとまず生きることに苦労はない。


 となると今の自分が何をやるべきか悩みに更けている。家の掃除もすぐに終わるし、畑の管理も全く要らないので毎朝昼晩でダンジョンに向かい野菜モンスターたちと戯れる毎日。


 それはもちろん幸せだ。とても幸せなことなんだ。


 でもこのままでいいのだろうかと考えてしまう。今でも千聖ちゃんはダンジョンでレベルをあげながら日々強くなっていくだろうし、それは何も彼女だけに限ったことではない。


 以前一億円を持ってきてくれた彼もまた強い探索者だと思う。


 自分の身を守るために強くなるのは悪いことではないはずだ。もし……野菜ダンジョンを侵略するような敵が現れた時、僕は守ることができるだろうか。それを見てただ後悔したままでいいのだろうか。


 そんな想いが溢れてきて、どうするべきか悩んでいたら一週間も経過していた。


【ご主人様……】


 少し寂しそうな顔を浮かべたテンちゃんが僕の太ももに頭を預けた。


「テンちゃん。悪いな。最近暗いばかりで」


【いえ! ご主人様は他のダンジョンに行きたいのですか?】


「そう……かも知れないな」


【では行きましょう!】


「ん? テンちゃんもか?」


【はい! 僕は従魔なのでご主人様と一緒に行けます! 他の子も一緒に行けます!】


 みんなが集まってつぶらな瞳で僕を見上げる。


 ただ一つ気になるとしたら、魔物は凶悪な存在だ。特に動物の姿をしているものが多く、食べられてしまわないか心配になる。


「そうだな。せっかくだし行ってみるか。ただ、まだ僕も慣れていないから君達を連れていくのはリスクが大きい。みんなは野菜ダンジョンで待ってくれるか?」


【分かりました~ご主人様! 行ってらっしゃいです!】


 テンちゃんに背中を押してもらえた気がして、僕は久しぶりに屋敷を出た。




 ◆




 すっかり様変わりした街に高層ビルが並んでいる。うちは街の端で、探索者ギルドは中心部にあると聞いている。


 大通りを歩いて向かうと、やはりというべきか、僕を見かけた人達が少し顔を青くして道を開いた。


 中には凶悪そうな柄の悪い連中も見かけたけど、僕を見かけては目をそらしていた。これだけは得した気がする。


 街の中心部に着くといつの間にか駅ができていて、色んな店が並んでいたり、多くの人が行き交っている。その中に『探索者ギルド』という看板を見つけた。


 会館のような作りになっていて、中に向かう。


 両開きの自動ドアをくぐると、中は清楚感のある作りで右側に長く続いているカウンターと、左側にたくさんの待合椅子が並んでいる。個人用もあれば、多人数のためかテーブルが設けられている場所もあり、そこには探索者と思われる人達が座って紙を見ながら何か白熱な議論を交わしていたり、中には力尽きたようにうつ伏せになってる人もいる。


 しかし、そんな雰囲気も一瞬で変わることになった。


 僕が入って早々、誰かの『凶悪犯』という言葉が聞こえてギルド内の人々が僕に注目する。ガヤガヤしていたギルド内が一瞬で静寂になる。探索者だけでなく職員たちも全員が静寂に包まれた。


 すぐに一人の女性が真っ青な顔で僕に近づいてくる。


「あ、あの……ど、ど、どのような用件……でしょうか?」


 明らかに声が震えている。見るからに新人の女性受付のようだ。


はずめますて! た、探索者に゛なりだいど思うでぎたんだず!」


「ひいっ!」


 両目に涙がどんどん集まり始める。


 そこで一人の屈強な男性が近づいて来た。重装備というべきか、分厚い鎧や背中に掛けられた大きな剣が探索者であるのを物語っている。


「失礼。あまり威圧されてしまうと困ります」


「!? い、威圧なんでしてねぇず!」


「…………」


 静寂なギルド内に僕の大声が響いて行く。中にはまるで怪物を見るかのように僕を見る目があり、昔のことを思い出す。誰にも理解されずに、ただ怪物を見るかのような視線を。


 その時、千聖ちゃんの笑顔が脳裏に浮かび上がる。たった一人。僕を怖がることなく接してくれた優しい人。彼女がいつでも遊びに来れるような、誰でも遊びに来れるような、心地いい家にしたい。


 ああ……そうか……僕が探索者になりたいのは強くなりたいんじゃないんだ…………居場所を…………居場所を作りたかったんだ。誰でも笑って美味しい野菜を食べてゆっくりと過ごせるそんな居場所を。


「た、探索者に……なりたい…………んです」


「ふむ? 雰囲気が変わりましたな。何か事情があるようですな。もしよろしければ俺が話を聞きましょう。受付さんもそれでいいですね?」


「へ!? は、はひ!」


 彼の案内を受けて向かった部屋は会議室のような部屋で、中にテーブルと椅子だけが置かれていた。


「探索者になりたいんですね?」


「は、はい!」


「なるほど…………その前に一つ聞きましょう。自分が威嚇をしている自覚はありますか?」


「っ!? そ、そ――――」


 彼は右手のひらを見せて僕の言葉を遮る。


「それです。いま貴方は無意識に目の前の人を威嚇しています」


「!?」


 初めて言われた言葉に自分の高鳴る心臓の音が耳に響き渡る。


 僕が威嚇している……? そ、そんなはずは…………。


「貴方。街の端に田んぼの家に住んでいる方であってますね?」


「!? は、はい……」


はかねがね聞いております――――――神崎千聖くんからも話を聞いておりますよ。佐藤彩弥さん」


 思わぬ人の名前が出て高鳴る心臓がますます高鳴り始めた。

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