第35話

 泉町に絶望が降り立つ。


 本来モンスターがダンジョンから出ることはできない。なのに、泉町ダンジョンから巨大なモンスターが外に出て来た。


 たった一回の咆哮で周囲の建物が吹き飛ばされ崩れ落ちる。


 降り立っただけで泉町は地獄絵図へと変貌した。


「田中さん。このモンスターはここで止めないといけません」


「千聖くん……ああ。その通りだ。ゲイボルグチームはここを守る最強のチームだ! あのモンスターが町の中に向かえば、より大きな被害が出る! 何としても――――ここで倒すぞ!」


 ゲイボルグチームメンバー全員が雄叫びを上げる。


 他のチームメンバーもゲイボルグチームと共にモンスターと戦う覚悟を決めた。


 そして、たった一体のモンスターとの決戦が始まった。


 誰よりも先陣を切るのは、最強探索者田中。大きな体を持ち、その背中から多くの探索者が勇気を貰える。


 飛び込んだ田中が両手に持つ大剣でモンスターを斬りつける。


 一撃でモンスターの後方に強烈な風圧が広がる。しかし、モンスターは卑猥な笑みを浮かべたまま、軽々と前脚で攻撃を受け止めていた。


 続いて探索者達のあらゆる攻撃がモンスターに降り注ぐ。


 数十秒。


 一切動かず、全ての攻撃を受けたモンスターは爆風に包まれ姿が見えなくなった。


 攻撃が止んで、全員が緊張した顔で爆風を見つめる。


 黒い爆風の中、赤い瞳がキラリと光る。


「っ!? 危ない!」


 次の瞬間、爆風の中からどす黒いブレスが放たれて、探索者を吹き飛ばした。


 たった一回の攻撃で、探索者の大半が瀕死の状態となった。


「――――許さない。剣聖技『閃聖滅斬』!」


 刀を鞘に入れたまま千聖が飛び込んだ。モンスターに到達直前、鞘から抜かれた刀の刀身から強烈なオーラが溢れ、抜かれた刀身がモンスターを襲う。


 一閃。それだけなのに、誰も貫けなかったモンスターの鱗に大きな傷が付けられた。


 グラァァァァァァァ!


 ずっと卑猥な笑みを浮かべていたモンスターも激痛に顔を歪めて咆哮を放つ。


 風圧に当てられた千聖の小さな体が吹き飛んだ。


 口からはおびただしい量の血を吐きながら――――


「う、うわあああああああ!」


「っ!? 未来くん!?」


 既に満身創痍だった未来は、親友であり、誰よりも強い千聖の姿に絶望したように、その場から逃げ去っていった。


「くっ……情けない。チームリーダーでありながら、俺は何もできないのか!」


 田中もまたモンスターに向かって飛び込んだ。




 ◆




 昼食を食べ終えて、片付けていた頃、空の向こうで禍々しい気配が空を伝って広がった。


「み、みんな! 空が変だよ!」


 黒と紫色が混じり合ったが空を広がっていく。


 それが何かは分からないけど、少なくともタダの現象ではないのは確かだ。


【殿】


「米将軍。あれはなんだ?」


【あれは――――魔王の覇気でございます】


「魔王の覇気!?」


 魔王……? 一体何の話だ!?


【ダンジョンのモンスターは恨み・・から生まれますのじゃ。それが溜まっていけば、ああやって魔王という形で降臨するこになり……その魔王が近くに出現したことでしょう】


「魔王が……ここに…………」


 まだ被害が及んでいるわけではないが、空に広がる覇気だけで悪寒がする。


 それは僕だけでなく、孤児院の子供達や探索者達でさえも体が震えていた。


 その時、一人の影が家の中に飛び込んできた。


 すぐに米将軍が腰に掛けていた刀を抜く。


 現れた影はそのまま僕の前にで――――ひれ伏せた。


 その首元に米将軍の刀が、空を埋め尽くさんとする魔王の覇気の色に照らされて、より恐怖を感じさせる。


「…………何の用だ。もう二度と僕達に関わるなと言ったはずだ」


 そう。僕の前にひれ伏すのは、僕の家に侵入して野菜を傷つけた張本人の女だ。


 今すぐにでも殴り飛ばしたい。それくらい今でも彼女が憎い。


「彩弥さん! ま、待ってください!」


 どうしてか久那が彼女の隣に走り、僕の前に正座した。


「未来姉さんは私の知り合いなんです!」


「っ……!?」


 まさか久那がこの女の知り合いだとは思いもしなかった。


 それだけで、ここまで一緒にご飯を食べていた久那達に対しても怒りが湧く。


「わ、私がやったことは許されることじゃありませんでした。今さら許しを請うなんて都合がいいと思います。ですが……ですがっ! 千聖を……千聖を助けられるのは……貴方しかいないんです…………」


 千……聖?


「私はどうなっても構いません。このままモンスターに食わせても、思う存分罰を受けても、何でもします。この先、貴方様の奴隷になれと仰るならそうします。ですから……どうか……千聖を助けてください! このままでは千聖が――――






 死んでしまうんです! お願いします!」


 彼女はずっと泣きながら「お願いします!」と何度も何度も口にした。


 久那も他の孤児達もいつの間にか僕に向かってひれ伏せていた。




「未来姉さんは……ずっと孤児院に寄付をしてくれていたんです……千聖姉さんと未来姉さんはずっと優しくしてくださって、彩弥さんのように……優しい人で…………お二人の間に何があったのか分かりません。ですが千聖姉さんが危ないのなら、どうか助けては頂けませんでしょうか。私にできることなら何でもします! どうか……千聖姉さんを……お願いします……」




 知っているつもりだ。


 千聖ちゃんの優しさを。


 以前、どうして僕のところに来たのかと聞いたことがある。


 ――「だって、街に凶悪犯がいて、人々を攫ってるって聞いてさ。私も友達も守りたい人達がいるんだ。その子達が笑顔で居られる街にしたい。私は……親にはなれないけど、せめて彼らが夢を繋ぐ世界を守りたかったんだ。えへへ、お兄ちゃん。疑って本当にごめんね?」


 あの時、彼女が何を話しているのか理解できなかった。でも何かを守りたい気持ちは納得できていた。


 彼女が守りたかった世界。それが…………久那達が笑って暮らせる世界だったんだ。


 それでも、彼女に踏みにじられた野菜達の気持ちを考えれば…………。


 自分の中にある気持ちに葛藤を続けた。

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