第12話
「大根は置いて行くべきじゃないか?」
「え~」
「それに二階では新しい野菜に出会えるかも知れないんだろう?」
「それもそうだけど……大根くんが……」
大事そうに抱えていた大根を渋々と置く千聖ちゃん。
何とか彼女の気持ちに踏ん切りがついたようなので、僕達は野菜ダンジョンに向かった。
一階では多くの大根モンスターたちが迎え入れてくれるが、惜しみながら彼らとの時間を諦めて二階に向かう。
新しい野菜との出会いに高鳴る胸を押さえながら初めての二階に足を踏み入れた。
二階も一階同様洞窟のような作りになっていた。
「他のダンジョンもこういう洞窟になっているのか?」
気になったので探索者をやっているという千聖ちゃんに質問を投げかけた。
「そうだね。どこのダンジョンもこういう洞窟だよ~でも広さはそれぞれ違うかな? このダンジョンは通路は狭い方だね」
野菜ダンジョンの通路は四人が並んで歩けるくらいの広さしかないから気になっていたけど、他のダンジョンはもう少し広いのか。いつか他のダンジョンにも入ってみたいものだ。
くねくねした道を歩いて進めると、一階と同じくらいの距離に広間が現れた。
そこにいたのは――――――
「ナスううううううう! ほうれん草まで!?」
「ナスもほうれん草もやっぱり歩いているんだ……野菜ダンジョンらしいわね」
視界を埋め尽くすのは紫色に輝いているナスが大根同様に四つ脚で歩いている姿。
それらの後ろに緑の葉っぱをなびかせているのは、間違いなくほうれん草だが、根部分に足が二本あり、葉っぱと根の間に可愛らしい顔があって葉っぱ部分が耳というか髪というか広がっている。見た目ならウサギのような見た目だ。
「ほうれん草可愛い~! ナスもどこか愛ぐるしいね!」
「な、ナス……ほうれん草……」
「お、お兄ちゃん!?」
「なすううううううう! ほうれんそうおおおおおおおおお!」
僕は迷うことなく、彼らに抱き着いた。
ナスは大根同様に可愛らしい舌を伸ばして僕の顔を舐めてくれる。ほうれん草がぴょんぴょんと可愛らしく飛んで来て胸の中に飛び込んできた。
僕は時間を忘れて彼らを撫でまわす。暫く至福の時間を過ごした。
「ナスうううううううう! ほうれん草おおおおおおおお!」
僕はなんて愚かなんだ……前回も大根モンスターたちが僕のために大根に収穫されていたのに、ナスモンスターたちとほうれん草モンスターたちだって同じことになるに決まっていると言うのに、僕はただただ彼らとの時間を楽しんでしまった。
「ほら、落ち着いてお兄ちゃん。彼らもきっと喜んでいるよ?」
「ううぅ……」
千聖ちゃんに慰めてもらい何とか立ち直ることができた。
収穫したのはナスが五十本、ほうれん草が五十株である。
それらを家に運び始める。全部持ち上げての運びなので何度も往復しながら運んだ。
運んでいる間はテンちゃんも手伝ってくれて、ナスとほうれん草を背に乗せているテンちゃんがまた愛くるしい姿になっていた。意外と千聖ちゃんもテンちゃんのその姿が気に入ったようで、運び終わってからずっとテンちゃんを撫でてくれた。
今日のご飯は久しぶりにナスとほうれん草が使えるので、豪華に作っていく。
ナスは油でさっと素揚げて、めんつゆを掛けるだけで簡単に美味しく食べられる。
次は小麦粉をまぶして油で揚げると、揚げナスになる。後は万能醬油ベースのソースで炒めれば焼きナスになる。
ほうれん草は、使い道こそ多いけれど、最初の下準備としてさっと茹でる。
ここに時間を掛けてしまうとほうれん草に含まれている栄養素が全部逃げてしまうので、軽めに茹でるのがポイントだ。
茹であがったほうれん草はそのままでも食べられるし、焼きナス同様万能醤油ソースで炒めることでまた美味しく食べられる。
それと味噌を溶かしたスープを作り、具材として食べやすい大きさにカットしたほうれん草を入れると非常に相性がいい。
卵があれば、茶碗蒸しにも苦みのアクセントとしていれると美味しい。
そして完成したものをテーブルに並べた。
「凄い~どれも美味しそう! お兄ちゃんって料理上手なんだね?」
「い、いや……僕がやってるのは簡単な作り方ばかりで、凝った料理は苦手だったりするんだ」
「そうなんだ? うちは基本的に料理をしないから、私も料理をする機会がなくて……そんな私から見たら、お兄ちゃんは十分料理が上手いと思うよ?」
「そ、そうか。ありがとう」
少しだけ気恥ずかしい。今まで誰かに褒められるようなことがなかったので、とても嬉しく思う。
おばあちゃんから畑仕事の件で力があるとよく褒められていたけど、こういう料理で褒められるととても嬉しい。
テンちゃんも食べたいらしく、テンちゃんの分も用意して千聖ちゃんと共に「いただきます」と声を揃えて食べ始める。
ナスの深い甘さとほうれん草の優しい苦みが織りなすコンビはまさに無敵に近い。
千聖ちゃんも大満足のようで、口にするたびに「美味しいよ!」と声をあげてくれた。
それにしても野菜ダンジョンから採れた野菜はどれも新鮮で、野菜本来の旨味が
野菜の育て方によっては野菜の青臭さが強烈になり、苦みが強くなりがちなんだけど、ナスはもちろんのこと、ほうれん草の苦みは味のアクセントとしてなるくらいで、食べにくい部分はなく、寧ろほうれん草本来の野菜の旨味がどんどん口の中に広がっていく。
今日はナスとほうれん草が主役なので二つしか使わなかったけど、次からは大根も一緒に使って三つの野菜を使えるのはとても嬉しいことだ。
「お兄ちゃん。二階で新しい野菜に出会えてよかったね~」
「ああ。これも千聖ちゃんのおかげだ。僕一人じゃずっと大根生活になったかも知れないな」
「ふふっ。それも素敵だけど、こうして色んな野菜を食べられるんだから、これからも野菜ダンジョンを攻略していこうね?」
「分かった」
三階四階とこれから出会う野菜を楽しみにしながら、目の前のナスとほうれん草の料理を次々平らげていった。
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