第4話

※野菜栽培もフィクションとして、『現実は育てられない』と思える部分は、まあそういう作品だし、くらいで暖かく見守ってくださいませ。よろしくお願いします※




 痛くないといいな…………なんて事を考えながら今まで食べてきた野菜たちを思い出していく。


 大根だいこん、カブ、サツマイモ、ナス、オクラ、小松菜こまつな、ほうれんそう、じゃがいも、きゅうり、ピーマン、ししとう、かぼちゃ、にんじん、キャベツ、レタス、白菜はくさい、ブロッコリー。


 数えたらキリがないくらい食べてきたし、沢山育ててきた。どれも美味しかったな…………願わくば、もう一度野菜を…………いや、それは天罰が下るというものだ。ああ、そうか、もう天罰が下ったんだっけ。


 大根モンスターに喰われるまでの間が無限のように感じる。


 十秒、二十秒、一分。


 結構時間が経ったはずなのに体に全くの痛みを感じない。


 気になったので目をゆっくりと開けて見ると、犬のように後ろ脚を崩して座ったまま僕を見上げる大根モンスターが見えた。


 それにちゃんと口まであって、歯は全くなくて可愛らしい赤い舌をちょこんと出して、まるで「待て」と言われて待っているみたいだ。


「え、えっと…………僕を食べないのか?」


 すると、大根モンスターは言葉を理解したのか、首を横に振る。


 大根って硬いから曲がらないはずなのに、軟体動物と遜色そんしょくがないほど動くんだな。


 それにしても僕を食べないというのはどういう事なのだろうか。


 モンスターは基本的に人間を敵視しているはずだ。僕の記憶が正しければ大半のモンスターは見るや否や攻撃してくると書かれていたはず。ただ、中にはそうでないモンスターもいると書かれていたから、大根モンスターはそういう類のモンスターかも知れない。


「それにしても…………なんて可愛らしいんだ! つぶらな瞳! 可愛らしい前脚と後ろ脚! 愛嬌ある尻尾までフリフリと僕が今まで見たどんな生物よりも可愛いぞ!」


 声は出さないが、首を傾げる大根モンスターがますます可愛らしく見える。


 こう、今にもすぐに抱き着きたい衝動に駆られる。


(だが我慢だ。ここはいさぎよく野菜たちの怨念おんねんはらうために食われなければ…………でも死ぬなら一度だけ大根モンスターをぎゅーっと抱きしめて見たくないか? いや絶対に可愛いだろ。こんな可愛い大根を抱き締めて死ねるならある意味本望では?)


 抱いてみるかどうか悩んでいると、大根モンスターがその場に立ち上がった。


 ゆっくりと僕に近づいて来た大根モンスターは――――


「うわあっ!?」


 いきなり僕の胸に飛び込んできた。急いで落とさないように優しく抱きしめる。


 大根モンスターの体は思っていた通り硬くて首が動かしているのが不思議だが、大根本来の香りが僕を癒してくれる。


 何より素晴らしいのは――――僕の胸に抱かれた大根モンスターは僕の頬っぺたをペロリと舐め始めた。


 頬っぺたに大根モンスターの唾液が付着して、僕は感動で涙を流す。


 いや、感動というより大根液による辛みで目が開けにくくて涙が流れるのか。


 手を伸ばして大根モンスターの頭部を優しく撫でる。


 自慢ではないが僕のコミュニケーション能力は、通常よりも酷いと自覚している。三十五年間友人らしい友人ができたことがないくらいに。さらには人だけでなく動物にも嫌われていて、何故か犬猫からは嫌われて目を合わせるだけで吠えられたり一目散に逃げられるのだ。


 だから……初めてかもしれない。生き物を抱き締めるというのは。


 今まで多くの大根を抱いてきたけど、ここまで躍動感のある大根は初めて抱いた。


 …………モンスターだから当然か。


 それにしてもモンスターなのに僕を攻撃するどころか、寄って来てくれて舐めてくれる優しいところがものすごく嬉しい。


 ちょっとだけ興味が出たので葉っぱ部分の尻尾を触ってみる。


「こ、これは……っ! や、柔らかくてふわふわしてなんて素晴らしいんだ!」


 大根モンスターのつぶらな瞳とふわふわした尻尾に癒される。


 畑を焼かれてしまった僕の心に、この癒しは涙が止まらないほどに嬉しいものだった。頬っぺたの辛み唾液のせいも少しあるかも知れないが。


 その時、僕の腹が勢いよく、ぐ~、と音を響かせた。


 朝ごはんをまだ食べてなかったし、大根の匂いで空腹を感じてしまったようだ。


 つぶらな瞳は不思議そうに僕を見上げる。


「ご、ごめんな! 朝ごはんを食べ忘れただけだから。気にしなくて大丈夫だぞ。すぐに朝ごはんを食べてまた来るよ」


 一度大根モンスターを地面に置こうとするが、激しく拒絶されて離れようとしなかった。


「ど、どうしたんだ? もしかして一緒に外に出たいのか?」


 首を横に振る大根モンスター。一体どうしたというのか。


 その時、大根モンスターの体がプルプルと震えはじめた。普通の震えではない。大根モンスターに一体何が?


 震えがどんどん大きくなる大根モンスターの体から眩い白い光が放たれる。


 そして――――――






「だいこおおおおおおおおおおおおおん!」






 僕の胸の中に抱きしめられていた大根モンスターが、姿を変え――――――ただの大根に変わった。


 さっきまで生きていた大根モンスターの動きが一切なくなり、左右にフリフリしていた尻尾もいまはただの立派な葉っぱになっていて、つぶらな瞳と口がなくなっている。


 まるでただの大根のようだ。


 いや、本当にただの大根に変わってしまった。


「ま、まさか……まさか僕が腹を空かしたのを心配して……身をていして自分の体を……僕のために…………だいこおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!」


 涙が溢れた。


 僕はなんて愚かな男だ。

 

 天罰が下ると思って喰われる覚悟を決めたのに、その全てが誤解だった。


 このダンジョンは…………僕のことを案じて野菜たちの魂が作り上げた野菜が生きるダンジョンだ。


 もう二度と焼かれてしまわないように、野菜はモンスターと化すことでまた僕の食材になってくれる。その全てが僕のためだ。こんな……何もない男のために………………本当にありがとう。


 僕は大根となった大根モンスターにかぶりついた。


 口の中に広がる旨さは、まるで目の前で大地から抜いてすぐにかぶりついたと言わんばかりに甘味が溢れ出る。


 甘味と共にほんのりピリッとした辛みがアクセントなり、食欲を掻き立てる。


「う、うめぇ…………こんな旨い大根なんて初めて食べたよ。ありがとうな。大根モンスター」


 溢れる涙と共に旨すぎる大根を夢中で食べ続けた。


 まさか――――――そんな僕を見つめている瞳があることに気づかなかった。

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