第37話 異母妹と再会しました
「すみません、お見苦しいものをお見せしました」
「ネリネが謝る必要はない。確かにあの男は見苦しかったが、君に非は何一つないのだから」
「でも……」
「それよりも、ミディアというのは妹だろう。ネリネの反応から察するに、妹の容態が気になっているのではないかと思うのだが?」
「あ……はい、そうなんです!」
「よし、向かおう」
二人は医療院の受付へ向かった。
受付にいた女性はネリネの顔を見ると、ハッとして立ち上がる。
ネリネが医療院の手伝いをしていた頃に面識のあった女性だ。
「ネリネ様! ようこそいらっしゃいました。ミディア様を引き取りに来てくださったのですね!?」
「え、引き取る? どういうことですか?」
しかし女性は説明する前に、急いでネリネをある病室へと案内した。
女性の部屋ということもあって、アーノルドは入らずに外で待つことになる。
ネリネが病室に入ると、室内では一人の少女がベッドに腰かけていた。
起きていて大丈夫なのだろうか。そんな疑問がふと過ぎる。
「失礼します、ミディアさん! お姉さんがお迎えに来てくださいましたよ!」
「え……!? お姉様ですって!?」
ミディアは弾かれたように振り返る。その容貌を見てネリネは驚愕した。
かつて社交界の華と謳われた美貌の妹、ミディア。しかし今は見る影もない。
顔色は悪く、痩せ細っている。肌はかさつき、艶がなかった。
髪もボサボサで、とても貴族令嬢とは思えない有り様に変わっていた。
何より特筆すべきは、頬の皮膚だ。顔全体の皮膚の表面に、小さな窪みが残っている。……所謂あばたという痕だ。
きっとミディアが罹患した感染症の後遺症だろう。彼女が罹患した病は、発熱と同時に皮膚に発疹が現れる。命の危機が去った後も、発疹の跡が残ってしまう。
かつて絶世の美貌を誇っていた妹なだけに、ネリネは何と声をかけていいのか分からず、立ち尽くす。
するとミディアは枕を投げつけてきた。
「……今更何しに来たのよ! 私を連れ戻しに来たですって?! 嫌よ、こんな顔で二度と外なんか出たくないわ!!」
「ミディア……」
「いいから帰ってちょうだい! もう私は人生はめちゃくちゃよ、お終いなのよ! お姉様が家を出て行った後、私は医療院の手伝いをすることになって、そのせいで病気をうつされて、こんなことになって――」
「ミディア、落ち着いて」
「もう嫌! 早く出て行って!!」
ミディアは泣き叫ぶ。するとネリネの横に立つ受付の女性が冷ややかに言った。
「まるで悲劇のヒロイン気取りですね。噂に聞くに、ミディア様がローガン様を奪って、ネリネ様をご実家から追い出されたようですが」
「なっ……!?」
「それに自分だけが被害に遭ったような言い様ですが、ミディア様が感染予防を怠ったせいで医療院でも感染が広がったのですよ。幸い死者は出ていませんが、それでも当院が迷惑を被ったのは事実です。それを棚に上げて被害者面とは……呆れ果てますね」
「な、なんですって!?」
「そして病が癒えたにも関わらず、外に出たくないと我儘を言っていつまでも居座り続けて……正直に申しまして、かなり迷惑しています。ネリネ様がお手伝いにいらしてくださった頃は、こんな事は一度もありませんでしたのに」
「な、な、な……!!」
ミディアは顔を真っ赤にして絶句している。受付の女性はネリネに視線を向けた。
「ネリネ様、どうかミディア様をお願いできませんか? このままだと他の患者にも悪影響が及びそうで……」
「はい。分かりました」
受付の女性は部屋を出ていく。ネリネはミディアと二人きりになった。
「ミディア……体がもう良いのなら、外に出ましょう。ここは医療院よ。健康な人間がいつまでも居座っていては悪いわ」
「嫌よ! こんな顔で外に行きたくない!」
ミディアはヒステリックに叫んだ。あまりの声量の大きさに思わず耳を覆う。
「この跡は一生消えないわ! 醜くて誰にも相手にされないわ! どうせ誰も私を愛してくれないじゃない! それならいっそ死んだ方がマシだわ!!」
「な……なんてことを言うの!?」
ネリネはついこの間、魔物に殺された人を見たばかりだ。
それにアーノルドが寿命を削ってまで、部下たちを救おうとしたのを知っている。
そのことを思うと、軽々しく死を口にするミディアの発言は見過ごせなかった。
今まで決して声を荒げることのなかったネリネが怒りを露わにする様子に、ミディアは肩をビクっと跳ねさせる。その反応を見てネリネは冷静になると、こほんと咳払いをした。
「ミディア、死ぬなんて軽々しく言わないで。確かに顔の痕を完全に消すのは難しいかもしれない。けれど薄くして目立たなくすることは出来るわ。お化粧をすれば分からなくなる筈よ。それに世の中には見た目だけではなく、内面を見てくれる人だって存在するわ」
「そんなの綺麗ごとだわ! 人は外見でしか人を判断しないのよ! 私の容姿が優れているから、みんな優しくしてくれた! ひどいことをしたってみんな味方になってくれたわ! でも今じゃ誰にも見向きもされない!!」
「それは……今までの行いに問題があったからではないの? もしあなたが周囲の人に優しく接していれば、苦境に立たされたからといって見捨てる人ばかりではなかった筈よ」
ミディアは今まで美貌を盾に好き勝手していたから、唯一の取り柄だった美貌を失いすべてを無くしてしまった。
けれどもし彼女が内面や行動で人々から慕われていたのだったら、この程度のことですべての人は離れていかない。
「今からでも遅くないわ。心を入れ替えて生きましょう。あなたはまだ十五歳よ、きっとやり直せるわ」
「……無理よ……!」
「無理じゃない。……ミディア、あなたは本来優しい子だった。父に虐げられている私に手を差し伸べてくれるような優しい子だった。……父の暴力があなたの心を捻じ曲げてしまったけど、私は今でもよく覚えているわ。あなたと二人で街へ遊びに行った日のことを」
「……っ!!」
「あの頃に戻りましょう、ミディア。また一緒に遊んで、美味しいものを食べましょう。そうやって過ごしていれば、きっと嫌な気持ちなんて消えてなくなるわ」
「……ネリネ、お姉様……」
「だからもう一度だけ――本気で頑張ってみない?」
ミディアは俯き、肩を震わせている。きっと泣いているのだろう。ネリネはその肩にそっと触れた。
「さあ、行きましょう。まずはお風呂に入って、着替えてから一緒に帰りましょう」
「……うっ、ひぐっ……。う、うん……っ」
ミディアは涙を流しながら、ネリネの手を取った。
医療院を出ると、アーノルドが待ち構えていた。
彼はネリネが連れてきたミディアを一瞥する。
「その娘がネリネの妹か」
「はい、アーノルド様。私の妹のミディア・アンダーソンです。ミディア、この方はアーノルド・ウォレス様。プロヴィネンス地方を治める侯爵様よ」
「ひっ……か、怪物侯爵……!?」
ミディアは怯えて後ずさりをする。ネリネは慌ててフォローを入れる。
「ミディア、アーノルド様は優しい方よ。怖がらなくても大丈夫よ」
「で、でも、お父様は言っていたわ! ウォレス侯爵は恐ろしい男だって! そんな奴に近寄るなって私に忠告したのよ!」
「あなたはこの期に及んでまだお父様の言うことを信じるの?」
「……それは……」
ミディアはぎゅっとスカートの裾を握り締める。その様子を見てアーノルドは溜息を吐いた。
「成程。俺の評判は王都では芳しくないようだな」
「申し訳ございません、アーノルド様。私の妹が失礼なことを――」
「構わん。君の妹だからな。それで妹御を、これからどうするつもりだ?」
「アンダーソン家に送り届けます」
「そうか。では俺も同行しよう」
「えっ?」
「前にも言っただろう。ネリネが実家でどんな扱いを受けていたかは調べてある。君を一人で行かせるほど軽率ではないさ」
「アーノルド様……ありがとうございます」
「礼には及ばない。では行こう」
こうしてネリネたちはアンダーソン家へと向かった。
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