第19話 フランケンシュタインの医者
その後、ネリネが投与した薬が効いてアーノルドは眠った。
ルドルフと二人で寝室を出ると、彼が珍しくシリアスな様子で口を開く。
「前から気になっていたんだけど、アーノルド様が『臨界』を迎える周期が短くなってきているんだ」
「えっ?」
「アーノルド様の従属魔法は、魔物の血の衝動を肩代わりするものだ。僕たちの衝動を抑えれば抑えるほど、アーノルド様への負担が大きくなってしまうんだ」
「……それは、どうにかならないのですか?」
「さっきネリーが投与した薬。アレを投与すれば衝動はすぐに治まるよ。だけど体への負担も大きい。投与した後は数日間に渡って昏睡状態に陥るんだ」
「…………」
「……僕たちの為に無理をさせているって自覚はある。でも僕たちは、この屋敷を離れたら生きていけない。だからせめて、アーノルド様には幸せに生きてほしいと思っている。その為のお手伝いなら何でもするよ」
「ルドルフさん……」
ネリネはルドルフの気持ちがよく分かった。
自分は魔物との混血ではないが、それでも他に居場所がなかった自分を受け入れてくれたのはアーノルドだ。
彼のおかげでネリネは今の生活を手に入れた。だから自分も、アーノルドの役に立ちたいと思う。
「私、ルドルフさんのお気持ちがよく分かります。私もアーノルド様に救われたから。アーノルド様が幸せに暮らせるお手伝いがしたいです」
「ありがとう。でもネリーは僕たちとは違うよ。君は唯一、この屋敷でアーノルド様の負担になっていない。それどころかアーノルド様を癒している存在なんだから」
「えっ……?」
「だって君といる時のアーノルド様は、とても楽しそうだから。アーノルド様はいつも仕事に追われていて、あまり笑わない方だったから……僕は嬉しいんだ」
「私がアーノルド様を……?」
「これは僕の勝手なお願いなんだけど、ネリーはこれからもずっとお屋敷にいてほしい。そしてアーノルド様の傍にいてあげてほしいんだ。きっとそれだけでアーノルド様は救われるだろうから――ね」
「……はい。私はいつまでも、アーノルド様のお側にいます」
「ありがとう。やっぱりネリーに来てもらって良かったよ」
ネリネが迷いなく答えると、ルドルフは安心したように微笑んだ。
***
「魔物の衝動に、抑制のお薬か……」
部屋に戻ったネリネはベッドに寝ころび、天井を見つめながらぼんやりと呟く。
「成分を解析したら、何か分かるかな……」
ネリネは王都の魔法学院で、座学において最も優秀な成績を修めた。
学院では魔法薬の授業もあった。ポーションやエリクサー。ネリネは調合師の才能はなかったから、知識を吸収するだけで終わってしまったが……。
それでも薬の成分を調べれば、効果を高めるアドバイスを出来るかもしれない。
「よし、明日やってみよう!」
ネリネは決意して眠りについた。
そして翌朝になると、早速行動を開始する。
アーノルドは眠ったままなので、今日は食事や身の回りの世話が必要ない。
仕事時間が空いた代わりにネリネが向かったのは、屋敷の中にある医務室だ。
「おはようございます。えーと……先生はいらっしゃいますか?」
「はい。ネリネさんですね。どうぞ」
扉を開くと、白衣を着た男性が椅子に座っていた。
彼の名前はフランツ・フランケンシュタイン。
人間の死体を繋ぎ合わせ、魔物の血を加えることでこの世に誕生した人工生命体の怪物だ。
フランツ医師は全身ツギハギだらけの容姿をしている。
だが高い知性を有しており、その頭脳を買われてウォレス邸では侍医として雇われている。
「本日の診察ですか?……それともご用件でしょうか?」
「はい、実は……」
ネリネは自分の考えを伝える。するとフランツ医師は大きく目を見開いた。
「成程……そういうことなら、あなたに薬の成分をお教えしましょう」
「本当ですか? ありがとうございます!」
「いえいえ。旦那様をお助けしたいという気持ちは、私も同じですからね」
そう言うとフランツ医師は薬の成分表と調合レシピを教えてくれた。
ネリネは資料に目を通す。魔法学院で薬学を学んでいたネリネには、おおよその効果や副作用も分かる。ネリネは眉を顰めた。
「これは……アーノルド様へのお体の負担が相当大きいのではないでしょうか?」
「そうですね。何とか副作用を抑えたいと思い、研究を続けているのですが」
「……そうですよね……」
「正直に打ち明けましょう。このままでは旦那様はあまり長く生きられないかもしれません」
「えっ!?」
「私としては旦那様に負担をかけるような真似はしたくない。ですが旦那様は、何度止めても聞かずに自らを犠牲にしています」
「……」
「私は旦那様の為に、もっと良い薬を作りたい。その為に日夜研究を続けております。――が、いざという時の備えも必要です。その備えというのが、あなただったのですよ。ネリネさん」
「どういう意味ですか?」
「ウォレス侯爵家は先々代――すなわち従属魔法を編み出した代から短命が続いています。ですから旦那様は自分も短命に終わる事を想定して、花嫁を迎え世継ぎを成そうとお考えだったのですよ」
「……! だからアーノルド様は、最初私を花嫁にするつもりだったのですね!」
自分が当初この屋敷に呼ばれた理由を思い出す。そうだ、確かアーノルドは最初はネリネを花嫁に迎えるつもりだったと言っていた。
「ええ。しかしネリネさんにその気がなかったのを知り、すぐに撤回しました。まったく旦那様らしいですな。あの方は優しすぎるのです」
「でも……そんなお優しい方だから、私はアーノルド様を尊敬しています。それは皆さんも同じなのではありませんか?」
「仰る通り。こうなった以上、何としてでも旦那様のご負担を減らし寿命を延ばす方法を模索しなければなりません。ネリネさん、協力してもらえますね?」
「はい! もちろんです!」
こうしてネリネは、フランツ医師の助手となりアーノルドを助ける為の研究を始めた。
***
フランツ医師と二人、研究を始めていく。そして抑制剤の成分や効果を分析していくと、あることが分かった。
「このお薬、『浄化(ピュリフィケーション)』とよく似た作用なのかも……」
「何ですと?」
「私の生活魔法の一つに『浄化(ピュリフィケーション)』という魔法があります。これは汚染された水や毒を浄化できる魔法です。……今まで生き物に試したことはなかったけど、ひょっとしたら、魔物の血の衝動を抑える効果もあるのかもしれません」
ネリネの言葉にフランツ医師はふむ、と考え込む。
「……成程、それは興味深いですね。もしネリネさんの予想通りなら、旦那様に抑制剤は必要なくなります。ネリネさんが『浄化(ピュリフィケーション)』で抑えてくれれば良いのですから」
「あ、でも思いつきで言っただけなので……」
「思いつきから革新が始まると、旦那様もよくおっしゃられています。私も同感です。……参考までに聞きますが、『浄化(ピュリフィケーション)』を使用してネリネさんに副作用はないのですかな?」
「それは大丈夫です。体力と魔力は消耗しますけど、よく休めば回復するので問題ありません」
「それは素晴らしい! ネリネさん、まずは実験してみましょう」
「実験ですか? 一体どんな――」
「はい。暴れている魔物に『浄化(ピュリフィケーション)』を使ってみるのですよ! それで魔物が大人しくなればネリネさんの理論が正しいと証明されます。さあ今すぐに行いましょう、実験! 実験!!」
フランツ医師は目を輝かせてとんでもないことを言い出すと立ち上がった。そしてネリネの手を引っ張って実験室へ向かう。
「ちょっ!? ちょっと待ってください! そんな大それた実験をするなんて、まだ心の準備が出来ていません!」
「大丈夫です、『失敗は成功の母』というではありませんか! 思いついたら即実験ですよ! さあ、さあ、さあ!」
「ひいぃっ!? フランツ先生ってマッドサイエンティストだったんですかっ!?」
「ええそうですよ、マッドサイエンティストから生まれたマッドサイエンティスト! いわばサラブレットですとも!」
「そんなサラブレッドは嫌です!?」
……こうしてネリネは、半ば強引に実験させられる羽目になった。
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