第20話 生活魔法で浄化
ネリネが連れてこられたのは屋敷の地下だった。
ここはフランツ医師の研究所であり、檻の中には豚に似た魔物が何匹もいた。
ネリネは、魔物相手に『浄化(ピュリフィケーション)』を使う。すると魔物は一瞬で大人しくなった。
フランツ医師はさっそく大人しくなった魔物の様子を調べる。すると――。
「おおっ、ネリネさん、素晴らしい結果が出ましたぞ!」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。やはりネリネさんが考えたとおり、魔物の衝動を抑える効果があるようですな。しかもリスクゼロ。抑制剤のように昏睡状態に陥ることもありません。これで旦那様の負担は大いに減るでしょう!」
「本当ですか!? 」
「本当ですとも。ネリネさん、よくぞこの仮説に辿り着きましたね。いやあ、素晴らしい。これで私も抑制剤の研究から離れ、新しい毒薬の研究に入れますよ」
「ど、毒薬? なんで毒薬!?」
「ああ気にしないでください、趣味です。研究テーマは『いかに相手を苦しませるか』です」
「そんなテーマの学会発表は認めませんよ!?」
「冗談です。まあまあ落ち着いて」
「もう、本当に冗談に聞こえないんですよ……。とにかく良かったです。これで旦那様の負担が減るなら一安心です」
フランツ医師の新たな一面を知ってしまった。……別に知りたくなかったが。
何はともあれ、これでアーノルドの負担が少しでも軽くなるのなら喜ばしいことだ。
「あの……それでアーノルド様の寿命はもう蝕まれずに済みますか?」
「ええ、きっと。これで急いで花嫁を迎え、世継ぎをもうける必要もなくなるでしょう」
「そうですか、良かった……」
ネリネは心から安堵した。アーノルドには長生きしてもらいたい。
「さすがは旦那様の専属メイドですね。旦那様のことを第一に考えるとは」
「私はただ、アーノルド様が幸せに暮らせるのが一番嬉しいだけです。アーノルド様には本当に良くして頂いたから……あの人の幸せが私の幸せなんです」
「そうですか。あなたは旦那様を愛しているのですね」
「あ、愛!? い、いえあの、私がアーノルド様に抱く感情は、敬意とか感謝とか尊敬とか崇拝とか礼賛とか賛美とか畏敬とか憧景とか尊崇とかであって、決して恋愛的な意味ではなくて――」
「そこまで言わなくてもいいと思いますが」
早口でまくし立てるネリネを見て、フランツ医師が苦笑する。
「まあ落ち着きなさい。愛とは何も恋愛に限りません。友情、親愛、家族愛、同胞愛――あらゆる美しき絆が『愛』と呼ばれるのですよ」
「ええ、まあ、それはそうですが」
「愛とは素晴らしい、知性と並ぶ人類の希望! 共に暮らし、心を通い合わせる存在! そのような者が一人でもいれば、世界に受けた恩を百倍にも二百倍にもして返しましょう! 太陽と空と愛が続く限り、この世から希望が奪われることはない! そうは思いませんか?」
「……えーと……」
「失敬。私もかつては愛を求めて彷徨い、しかしこの醜い身体故に人々から迫害された過去がありましてね。旦那様に拾って頂き、仲間と仕事を得たことで救われたのです。だからネリネさんも、どうか旦那様のお傍にいてあげてください」
「はい、もちろんです」
ネリネは笑顔で答えた。するとフランツ医師は満足げに微笑む。
「それでは、私はそろそろ研究室に戻りましょうかね。ネリネさんはどうしますか?」
「私もお仕事に戻ります。アーノルド様が目覚めた時に、快適に過ごしてほしいですから」
「ああ、これぞ正に愛ですね! 素晴らしき哉、愛!! さあ行きなさい、ネリネさん。あなたの愛する人の傍にいてあげなさい!」
「は、はい……ではまた……」
どうやらフランツ医師は『愛』というワードに弱いらしい。
フランツ医師に見送らながら、ネリネは医務室を後にした。
***
それから数日後。ネリネはアーノルドの寝室を訪れた。
ベッドにはアーノルドの姿があった。彼は薬の影響で数日間昏睡状態に陥っていた。ようやく目が覚めたようだ。
「……ネリネ……? ネリネなのか……?」
「はい、ネリネです。アーノルド様、お目覚めになられて良かったです」
「……俺はどのくらい眠っていた?」
「本日で五日目になります。ご気分はいかがでしょうか?」
「ぐっすり眠ったおかげで良い……とは、残念ながら言い難いな。……やはり抑制剤の効きが悪くなっているのか、己の中にある衝動が完全に消えていないのが分かる。……ネリネ、悪いことは言わない。俺から離れなさい」
「いいえ、アーノルド様。離れません。私の手を握ってください」
「……?」
ネリネの言葉に、アーノルドは不思議そうな顔をして右手を伸ばす。
そして彼女の手を握った。するとネリネは魔法を唱える。
「『浄化(ピュリフィケーション)』」
ネリネの魔法が発動する。するとアーノルドの体内に巣食う衝動が、徐々に収まり始めた。
「……これは……?」
「アーノルド様。あなたの中にある魔物の衝動を抑えることに成功しました。今のあなたなら、抑制剤を飲まなくとも日常生活に支障はないはずです」
「まさか……ネリネがやったのか?」
「はい。『浄化(ピュリフィケーション)』の応用です」
ネリネは説明する。
『浄化(ピュリフィケーション)』は毒を分解し浄化して、無害化する。
その要領で魔物の衝動も浄化して、抑え込むことに成功したのだと。
「そうか、ネリネ……君は本当に凄いな」
「いえ、私なんてまだまだ未熟者です。でも、少しでもアーノルド様の力になれて嬉しく思います」
「ありがとうネリネ。君を雇って正解だった」
「……私こそ、この屋敷に来られて良かったです。こんな私でも誰かの役に立てるということが分かりました。アーノルド様が教えてくださったんです」
「そうか。なら、これからもよろしく頼む」
「はい、こちらこそ。末永くよろしくお願いします」
二人は笑い合う。窓から差し込んだ朝日が、二人を祝福するように照らしていた。
こうしてアーノルドは魔物の衝動を抑え込むことに成功した。
その後、屋敷に平穏が訪れた。
アーノルドは従属魔法で使用人たちの魔物の血を抑制する。
アーノルドの負担はネリネの『浄化(ピュリフィケーション)』で軽減する。
二人が協力し合って生活することで、屋敷の中は以前より平和になった。
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