第21話 その頃、王都では……(アンダーソン子爵視点)

 アンダーソン子爵はネリネを追放した後、自分の聖属性魔法の威力が弱まっているのを感じていた。

 アンダーソン子爵家は、聖属性魔法の使い手の一族である。

 当主は代々、王都の結界――『神聖結界』を張り、強化する役目を担っている。

 だが最近は威力が弱まっているせいで、結界を張り直す頻度が高くなった。

 おかげで子爵は疲れ果てていた。それでもネリネを呼び戻すという選択肢はない。


(あんな娘に頭を下げるぐらいなら、過労で死んだ方がマシだ!)


 彼は本気でそう思っている。それぐらいネリネを疎んでいた。


「旦那様、お休みくださいませ。お体に障ります」

「うるさい! 貴様らが不甲斐ないせいで私も疲れが溜まっているのだ!」

「も、申し訳ございません……」


 使用人たちは主人の不機嫌さに怯えながらも、なんとか主人の体調を気遣う。

 しかしいくら気遣いの言葉をかけられても、子爵が受け入れることはない。

 使用人たちを追い払うと、子爵は自室に籠る。そして部屋を荒らして、家具や調度品に苛立ちをぶつけた。


「ああ、忌々しい……!」


 彼がここまでネリネを憎むのには理由があった。

 アンダーソン子爵の前妻であり、ネリネの生母だった女性。子爵とその女性は政略結婚で結ばれた。

 だが二人は性格の相性が良くなかった。家の利益のみを考えた、本人同士の相性度外視の結婚が上手く行く筈もなく、夫婦仲は険悪。

 それでも結婚した以上の義務として子供を作った。そして誕生したのがネリネだ。

 だが、生まれたネリネは聖属性魔法の適性がなかった。その代わりに生活魔法の適性があった。

 そして――前妻は結婚前、親しい男がいた。使用人階級の幼馴染だ。

 その男は平民でありながら、生活魔法を使えたという。


 その事実を知った子爵は怒り狂った。ネリネは自分の子ではなく、妻が別の男との間に作った子供だと――托卵されたのだと思い込んだ。


 更に巡り合わせの悪いことに、真偽を問い質す前に前妻は病に倒れて死んでしまった。

 相手の男も既にリウム王国から離れている。真相を確かめる術はない。

 子爵は亡き妻を愛していた訳ではなかった。むしろ嫌っていた。

 だが嫌っていても妻は妻。妻の立場にある女が自分を裏切り、よその男の子供を産んだという侮辱に耐えられなかった。

 子爵のプライドは激しく傷つけられた。傷ついた心を癒すには、自分を侮辱した相手に罰を与えなければならない。


 亡き妻と――裏切りの象徴である不義の子、ネリネに罰を。


 子爵はネリネを手元で育てつつ、虐待するようになった。

 すぐに後妻を娶り、後妻との間に生まれたミディアばかりを溺愛し、ネリネには雑用を押し付けて使用人のようにこき使った。

 子爵はネリネを虐待することで、前妻への復讐を果たそうとしていた。

 その事に気付かず、ネリネは健気に尽くし続けた。

 だが、子爵は最終的にネリネから全てを奪うつもりだった。


 ネリネとローガン・オニールとの婚約も破談になった。

 アンダーソン子爵は最初から、一度ネリネに希望を与えておいて粉々に打ち砕いてやるつもりだった。

 どうやって破談にするかは色々と考えていたが――実の娘のミディアが予想外の働きをしてくれた。


(さすがは私の娘だ。言葉に出さずとも通じ合える。本当の親子とはそういうものだ)


 そして全ての希望を奪われたネリネは、怪物侯爵ことアーノルド・ウォレス侯爵の家へ下働きに出された。

 きっと今頃はこの屋敷にいた頃よりも辛い日々を送っているに違いない。

 ネリネの不幸は子爵の喜びだ。だから多少自分たちが生活に困ったからといって、今更呼び戻すなんてありえない。

 後妻であるアンダーソン夫人は、夫である子爵のドス黒い感情と、前妻に向ける疑惑に気付いている。だから何も言わない。言って自分の首を絞めるような女ではない。

 ミディアは何も知らない。深い事情は知らないが、父の意向に従って動いている。


(ネリネめ、絶望の果てに死ぬがいい!)


 怪物侯爵の館で過労死するか、あるいは怪物侯爵に耐え切れず逃げ出した先で野垂れ死ぬか……。

 どちらにしても、ネリネの人生は終わる。

 子爵はネリネの破滅を想像してほくそ笑んだ。

 彼女の人生が悲劇で幕を閉じた時。

 その時こそ、真の意味で自分の心は癒されるだろうと、子爵はそう確信していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る