第22話 ネリネへの思い(アーノルド視点)
ネリネの『浄化(ピュリフィケーション)』で救われてからというもの、アーノルドの中で何かが変わった。
これまでもネリネのことは気にかけていた。
だが、これまで以上に強い想いを彼女に感じるようになっている。
ネリネの姿を見かけると、つい目で追ってしまう。
彼女が困っている姿を見ると、すぐに助けに行きたい気持ちになる。
ネリネが笑顔を見せてくれると、天にも昇るような心地になった。
この感情が何であるか、アーノルドはすぐに理解できた。
――ああ、これが恋なのだと。
アーノルドは生まれて初めて、人を好きになるということを知った。
そして、その想いは日に日に強くなっていた。
「ルドルフ」
「はい、アーノルド様」
「以前頼んだ調査だが……進捗はどうだ?」
「はい、本日王都からお返事が届きました。まだ開封していません。アーノルド様がお確かめください」
その日、書斎でアーノルドはルドルフから封筒を受け取った。
中身はネリネの実家、アンダーソン子爵家の調査報告書だ。
彼女が実家で冷遇されていたというのは、これまでの話から察している。
実際どれほどの待遇を受けていたのか、正確に把握したいと思った。
「……なんだ、これは……」
調査結果に目を通したアーノルドの手が震える。
そこに記されていた内容は、アーノルドの想像を超えていた。
「ネリネはこんな非道な扱いを受けていたというのか……ッ!!」
――ダンッ!! アーノルドの拳がテーブルを叩く。
「許せん! 絶対に許さんぞ! この仕打ちは万死に値する! 必ずや報いを受けさせてやる!」
「うわっ、落ち着いてくださいよ、アーノルド様」
怒りを露わにするアーノルドに、ルドルフが驚いて諫める。
だがアーノルドの感情は収まらなかった。
調査報告書に記されていた内容。
物心ついた頃から家族の雑用を一身に押しつけられていたこと。
食事は一日一食、それも野菜くずばかりであったこと。
夜は屋根裏にある粗末な藁ベッドで寝ることを命じられており、寒さと飢えに耐えながら眠らなければならなかったこと。
遊びは一切許されなかったこと。
新しい服を仕立ててもらった経験がないこと。
婚約者からも辛く当たられていた上に、妹に婚約者を奪われたということ。
そしてついには実家を追放され、アーノルドの元へ奉公に出されたということ……。
これはもはや冷遇などというレベルではない。虐待だ。家族の一員として、いや、人間として扱っていない。
ネリネが今までどんな辛い思いをしてきたかと考えると、居ても立ってもいられなかった。
「ネリネ……今すぐ君の元へ行く! 待っていてくれ!」
「ちょ、ちょっと待ってください! どこに行かれるおつもりですか!?」
「決まっている! ネリネの元だ!」
「ダメですよ!? ネリーは今休憩中ですからね!?」
「離してくれ! 今すぐネリネを甘やかしてやりたい気分なんだ!!」
「そんなこと言ってもダメですよ! ほら、仕事仕事!」
無理やりルドルフに仕事場へと引き戻されるアーノルド。
その姿はルドルフがこれまで見たことのないものだった。
いつ如何なる時も冷静沈着で、頭脳明晰な怪物侯爵。それが昨日までのアーノルド・ウォレスという男だった。
だが今は違う。生まれて初めて恋という感情を知った彼は、すっかり暴走していた。
「ネリネ……愛しいネリネ……早く会いたい……会いたくて仕方がない……!」
「うわー……アーノルド様が壊れちゃった」
仕事も手につかないほどに焦がれてしまうアーノルド。
その様子を見て、ルドルフはドン引きしつつも苦笑を浮かべた。
……まあ、たまにはこんな侯爵様もいいかもしれない。
今までずっと使用人たちの為に、負担を背負ってくれていたのだから。
「でも仕事はちゃんとしてくださいね。領民からの依頼の手紙や、王都の王子様からの手紙も色々届いてるんですから。ちゃんと目を通してください」
「……仕事を終えたらネリネに会ってもいいか?」
「うわあ……」
「……冗談だ」
「もう……驚かせないでくださいよ」
はぁ~っとため息をつくルドルフを見て、さすがに申し訳ないと思うアーノルドであった。
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