第39話 建国祭の前夜

 アーノルドとネリネは王宮の客間に案内される。

 王宮ではマティアスが歓迎してくれた。彼の采配で二人用の部屋が用意されている。


「よく来たな、アーノルドにネリネ嬢! 王都の観光はどうだった? 楽しんでくれただろうか?」

「はっ、おかげさまで充実したひと時を過ごすことができました」

「そうだろう! 私が招待したのに楽しめなかったなどと言われたら、恥をかくところだった」

「申し訳ありません。決してそんなつもりでは……」

「分かっているさ。さぁ、座ってくれ」


 マティアスに促され、アーノルドとネリネはソファーに腰掛ける。するとメイドがお茶を用意してくれた。


「さて、まずは改めて建国祭に来てくれて感謝する。そしてプロヴィネンス地方からわざわざ足を運んでくれたこともな」

「殿下の御招きとあらば、当然のことです」

「ははっ、相変わらずアーノルドは真面目だな。まあいい、今日はゆっくりしてくれ。それと明日だが、祭りを見て回る予定はあるのか? あるのならば護衛を付けよう」

「ありがとうございます。ですが殿下にそこまでしていただくわけには……」

「いいのだ。客人に何かあれば私の責任。ましてやアーノルドたちは今後のリウム王国にとって無くてはならぬ人材だ」

「……恐れ入ります」

「うむ。ではそろそろ晩餐といこう。今宵は盛大に宴を催すつもりなので楽しみにしていてほしい」

「はっ、ありがたき幸せに存じます」

「ネリネ嬢はどうかな?」

「はい、私も楽しみです」

「それは良かった。では準備が出来たら呼びに来るので、それまでは寛いでいてくれ」


 マティアスは満足げに言うと、そのまま退室していった。

 アーノルドは出された紅茶を飲むと、一息つく。


「殿下も相変わらずのようだな」

「そうですね。でも私もお会いできてよかったです」

「そうだな。……ネリネ、君は大丈夫か?」

「はい。もう吹っ切れました」

「そうか。だが辛くなったら言ってほしい。俺にできることがあれば何でもしよう」

「ありがとうございます。その時は頼らせていただきますね」


 ネリネは微笑んでみせる。その笑顔を見たアーノルドは安堵の表情を浮かべた。

 それから二人が部屋に戻ると、ちょうど食事の準備ができたと知らせが来たため食堂へ向かう。

 そこには大勢の貴族が集まっていた。マティアスが声をかけると全員が立ち上がり、一斉に挨拶を行う。


「皆、良く来てくれた。今夜は我が王国の未来を築く若き天才たちを紹介しよう。皆もご存知のアーノルド・ウォレス侯爵と、ネリネ・アンダーソン子爵令嬢だ」


 紹介を受けた二人は前に出ると軽く会釈をする。

 貴族たちは拍手を行い、二人のことを歓迎した。


「それでは早速乾杯を行おう」


 マティアスが合図を送ると給仕たちが飲み物を配っていく。

 グラスには赤い液体が注がれている。ワインのようだった。


「では我らの出会いに――そしてリウム王国の栄光を願って!」

「「「乾杯!!」」」


 全員で声を上げると、それぞれ料理を食べたり会話を楽しんだりする。

 アーノルドとネリネも他の参加者たちと話をしたが、大半は主に魔法や魔術に関する話題だった。


「アークマン先生! 先生もご招待されていましたか!」

「ええ、お久しぶりですね、アーノルドくん。ネリネくんもご一緒とは驚きましたよ」

「ご無沙汰しております、先生」


 魔法学院で魔術理論を教えている教授もいた。アーノルドもネリネも魔法学院の卒業生なので、久しぶりの再会を喜び合う。


「ネリネくん、君の身を襲った不幸については私の耳にも届いています。胸を痛めていましたが、アーノルドくんの元で元気に暮らしているようで安心しました」

「はい、おかげさまで楽しく過ごさせていただいております」

「そうですか。それは何よりです」


 アークマン教授は初老の男性だ。まるで孫を見守るような瞳でアーノルドとネリネを眺める。


「それにしても……やはり噂通りでしたね」

「噂……というと?」

「いえね、君たちの結婚についてですよ。君たちは将来を誓い合った仲だと聞き及んでいます」

「ぶほっ!?」


 突然の暴露にアーノルドは思わず噴き出した。ネリネも慌ててしまう。


「ど、どなたから伺ったのですか!?」

「マティアス殿下ですよ。アーノルドくんもようやく身を固める決意がついたようだと冗談めかして仰っておりました。話半分に聞いていましたが、どうやら本当のようですね」

「じじじ、事実無根ですっ! というか多分誤解です! 私たちの間にそのような事は一切ございません!!!」

「ぐっ……!!」


 必死になって否定するネリネ。すると何故かアーノルドがダメージを受けたようである。


「おやおや……そこまで否定することもないのでは? 君たちはとても仲が良く、お似合いの二人に見えますよ」

「いいえ、月とカミツキガメです! もちろん私がカミツキガメで、アーノルド様がお月様です!!」

「そこまで卑下せずとも……私の目にはカメなどではなく、とても素敵なお嬢さんに見えますよ」

「そ、そんな……! 勿体ないお言葉です……」

「ははは、私としても喜ばしいですよ。二人とも優秀な教え子でしたが、周囲から誤解されやすいところがありましたからね。お互いが理解者となり、伴侶となって寄り添うのであれば、かつての師としてこれほど嬉しいことはありません」

「あ、アークマン先生……」


 どうしよう。気にかけてくれるのは嬉しいのだけど、どんどん外堀を埋められているような気がする……。

 ネリネはもう乾いた笑いを浮かべるしか出来なかった。

 何はともあれ、晩餐会の夜は過ぎていく。

 やがて夜も更けてきたところでお開きとなり、アーノルドはネリネを連れて用意された客室に戻る。


「ふぅ……疲れたな」

「お疲れ様です、アーノルド様」

「君もお疲れ様、ネリネ」

「あはは……なんだか恥ずかしいところを見られてしまいましたね」

「いや、別に構わない。それよりも……」


 アーノルドは部屋を見渡して溜息をつく。

 最高級のソファやテーブル。クローゼットや本棚などの家具。調度品も金や銀が惜しみなく使われた一級品ばかりだ。

 ただし、ベッドはキングサイズのベッドが一つだけ。枕は二つ並べられている。


「……ネリネ」

「はい」

「俺はソファで寝るから、君はこのベッドを使ってくれ」

「いけません、アーノルド様。私はあなたの従者です。アーノルド様がベッドで眠るべきです」

「何を言っているんだ。女性をソファに寝かせるなんて出来る訳がない。俺がソファで眠るから、君はベッドを……」

「いいえ、私がソファで眠ります。ですからアーノルド様は……」

「いや、俺が……」

「ですから私が……!」

「…………」

「…………」


 お互いに譲らず、沈黙が流れる。

 そして――二人は同時に噴き出すと、大きな声をあげて笑ってしまった。


「まったく……ネリネは本当に頑固だな」

「アーノルド様に言われたくないです」

「そうだな。俺たちは似たもの同士かもしれない」


 ひとしきり笑うと、アーノルドはベッドに腰かける。


「不可抗力とはいえ、以前も同衾してしまったことがあったな。なら今夜も同じベッドで寝るとするか」

「え、あぅ、その……」

「嫌か?」

「……じゃないです……」

「ん?」

「嫌じゃ、ないです……」


 ネリネは顔を赤くすると、俯いたまま言葉を絞り出す。

 アーノルドはそんな彼女を愛おしそうに見つめた。


「……ネリネ」


 アーノルドの手が伸びてくる。いつもとは違う雰囲気にネリネは緊張する。

 もしかすると、今夜何かが起きるかもしれない。自分たちの関係が様変わりするような何かが――。

 だがその瞬間、窓の外でガタタッと物音が聞こえた。


「何者だ!?」


 アーノルドはネリネを背に隠すと窓を開ける。すると黒い鳥が空に向かって飛び立った。


「カァーッ!」

「……カラスか」

「夜のカラス……不気味ですね」

「そうだな。まぁ、気にする必要はないだろう」


 アーノルドは窓を閉めるとネリネに向き直る。


「さて、もう遅い時間だ。君も早く寝ると良い」

「あ、はい……」


 ネリネは戸惑いながらもベッドに横になる。あのカラスのおかげで妙な雰囲気は消えてしまった。

 それが有難いような残念なような……複雑な感情を抱きながら、ネリネは眠りに沈んでいった。



***



 黒衣の鳥は夜空を舞う。

 王都の夜は明日の建国祭を控えて賑わっていた。屋台も多く立ち並び、夜だというのに人々が行き交っている。

 中でも目立つのは中央広場だ。明日は正午からセレモニーが行われる。王族や貴族が一堂に介して、王太子マティアスがスピーチする予定になっている。

 その場にはアーノルドやネリネもやって来るだろう。アンダーソン家の人間も、オニール家の人間も。


「カアァーッ」


 カラスはしわがれた声で鳴く。

 まるで眼下の光景を嘲笑うかのように。

 まるで儚く消え去る夢を憐むかのように。

 カラスは知っている。

 栄光も幸福も平和もすべて、明日の正午までであるということを。


「Nevermore(二度とない)」


 カラスはしわがれた声で鳴いた。

 それは誰にも聞かれることなく、闇空の中に溶けて消えた。

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