第40話 華やぎし建国祭
翌朝、アーノルドとネリネは建国祭に出かけた。午後からは式典があるから午前中のうちに見て回ろうと思ったのだ。
建国祭は城門から中央広場へかけてのパレードから始まる。そして広場では野外コンサートが行われる。街のいたるところに出店が並んでおり、様々な催しが行われていた。
「すごい人だな……」
「はい。でもお祭りって感じがしますね」
「そうだな。こうして歩いているだけで楽しい気分になれる」
「私もです」
ネリネは嬉しそうに微笑んだ。
十八年間王都で暮らしてきたが、建国祭に参加するのは初めてだ。しかもアーノルドと一緒に見て回れるなんて、それだけで嬉しい。
二人は連れ立って歩く。
途中ですれ違う人々は皆、二人のことを振り返り見ていた。特にアーノルドは長身で逞しい美形だから余計に目立っている。
ネリネはアーノルドの横顔を見る。凛々しく整った容姿は見る者を惹きつける。ネリネは改めて彼の魅力を感じてしまった。
(やっぱりカッコいいな……)
そんなことを考えていると、不意にアーノルドと目が合う。彼は微笑みかけるとネリネの手を握った。
「えっ……?」
「はぐれないようにと思ってな」
「あ……そうですね」
「いやか?」
「い、いえ! そういうわけでは!」
「なら良かった」
アーノルドは満足げに言うと、そのまま歩き出す。ネリネも手を引かれる形で一緒に歩いた。
しばらく大通りを歩いていくと、とある店の前で行列が出来ていた。
「これは一体、何の列でしょうか?」
「さあ……ただの出店にしては人が多いな」
二人が不思議そうにしていると、店員らしき女性が声をかけてきた。どうやらクレープを販売しているらしい。二人は興味本位で並んでいる人たちの後ろについた。
「お待たせしました! 王都一の人気カフェ『ル・マルシャン』の特製フルーツクリーム入りクレープです! 本日限りの出店、本日限りの特別メニューですよ!」
女性の明るい掛け声とともに、次々と注文した客たちにクレープが渡されていく。
どうやら評判の店のようだ。やがてネリネとアーノルドの順番も回ってくる。
女性が手渡したクレープには、様々なフルーツとクリームがたっぷりと盛られていた。二人は代金を支払うと早速食べ始める。
「美味しい!こんなに美味しいクレープ、初めて食べました!」
「確かに美味いが……俺には少し甘すぎるな」
「ふふ、アーノルド様は甘すぎない味付けがお好みですものね」
「そうだな。ネリネが作ってくれる菓子の方が好きだ。甘さが控えめで、爽やかな口当たりで――思い出したら恋しくなってきた。ネリネ、屋敷に帰ったらまた作ってくれないか?」
「ええ、もちろんです。腕によりをかけて作りますよ」
「楽しみにしている。……ん、ネリネ。待ちなさい」
「はい?」
「口の端にクリームがついている」
アーノルドは自分の親指でネリネの唇を拭った。そして、そのままクリームのついた指を自分の口へと持っていく。
「うん、やはり甘いな。だが悪くはない」
「……っ! あ、あああ、アーノルド様っ……!?」
突然の行動にネリネは顔を真っ赤にする。一方のアーノルドは何食わぬ顔で残りのクレープを食べ終えた。
「ほら、そろそろ行くぞ」
「は、はいっ……!」
ネリネは慌てて返事をする。アーノルドは上機嫌に笑いながら、再びネリネの手を引いて歩き出した。
***
それから二人は街を見て回った。
途中、路上でダンスを披露する集団がいたので見物したり、楽団による演奏を聞いたりした。
ネリネは楽しげに笑い、アーノルドもまた笑顔を浮かべる。
(こんなに楽しいのは、生まれて初めてかもしれない……)
ネリネは思う。自分は今、間違いなく幸せなのだと。
そして、だからこそ怖かった。
幸せだからこそ、この瞬間が終わってしまうのが怖い。
彼女は不吉な予感に怯えてしまう。
それは聖属性魔法の使い手、アンダーソン家に生まれた娘の直感かもしれない。
たとえ聖属性魔法を使えなくても、ネリネには分かる気がした。
やがて時は流れていく……。
***
正午が近付く頃、二人は中央広場に戻った。
そろそろ王太子マティアスの演説が始まる。
広場には王都中の人々が押し寄せていた。
誰もが期待に満ちた表情で王太子の登場を待つ。
「いよいよですね」
「ああ。……どうやら始まるようだぞ」
ネリネとアーノルドは貴族の為に用意されたVIP席にてマティアスの登場を待つ。
やがて群衆が静まり返っていく。
すると、壇上に一人の青年が現れた。
金髪碧眼の美丈夫、王太子マティアスだ。
「国民の皆さん、こんにちは」
マティアスの第一声に、観衆たちは拍手喝采で応えた。
「今日という素晴らしき日を、皆様と共に迎えられたことを感謝します。本日はリウム王国の建国日であると同時に、私マティアスの誕生した日でもあります。こうして大勢の方々に祝っていただけることを心より喜ばしく思います」
そう、奇しくも建国記念日とマティアスの誕生日は同じだった。
次期国王が建国日に生まれたということで、国民たちはマティアスに多大な期待を抱いている。
マティアスは語り出した。
「リウム王国が築かれたのは今からおよそ三百年前、初代国王は偉大なる魔法使いでした。彼は己の力を使って王国を築き、平和な国を作りました。しかし同時に魔法適性による格差が生まれ、持つ者と持たざる者に分断されるようになりました。私はそのことを深く憂慮しています。優れた力を持ちながら不当な扱いを受ける人々を、少しでも救えたらと願っております」
「マティアス殿下……」
ネリネはマティアスの言葉に胸を打たれる。マティアスは本当に素晴らしい人物なのだということが伝わってくる。
本当に現状を憂慮していなければ、この祭典であんな言葉は出てこないだろう。
(きっとマティアス様は良い王様になるに違いない)
ネリネは確信した。ネリネだけではなく、その場にいた大勢の聴衆がそう思っただろう。
「私は約束します。リウム王国の平和と発展に尽力すると。そして今以上にこの国が豊かで素晴らしい国にしてみせると――」
――しかし、その時。マティアスが演説する壇上に、一羽のカラスが舞い降りた。
そしてマティアスの澄んだ声を遮るように、しわがれた声で鳴く。
「Nevermore(二度とない)」
その不気味な鳴き声に、広場は水を打ったように静かになった。
それは不吉な予言のように聞こえた。
聴衆がざわめく。マティアスは人々を安心させるように、カラスを無視してスピーチを続ける。
「私たちの祖先たちは、私たちが想像できないような危険に直面しながら、王国の礎を築きました」
「Nevermore(二度とない)」
「そして幾つもの世代が苦難を重ね、本日の繁栄をもたらしました」
「Nevermore(二度とない)」
「私たちもまた未来の子孫にこの素晴らしい国を残す為に、あらゆる困難に立ち向かいましょう」
「Nevermore(二度とない)」
「……最後に、この国の将来を担う若者たちに激励の言葉を贈りたいと思います。この国に住まうすべての子供たちに祝福を。そしてこの先もずっと、健やかに成長することを願います」
「Nevermore(二度とない)」
――それでもカラスは鳴く。
まるで嘲笑うかのように。
まるで祝福するように。
不吉な言葉を繰り返す。
「Nevermore(二度とない)」
広場にいた人々は困惑していた。
カラスは相変わらず奇妙な鳴き声を上げ続けている。
それは王太子の素晴らしいスピーチを否定し、不吉な未来を予言するかのような響きを持っていた。
人々は戸惑う。やがてマティアスがカラスを追い払うために兵士を呼ぶ。
だが、その時――。
「我は魔国総裁マルファス様の使い魔なり。今こそマルファス様の無念を晴らす時が訪れたり」
黒衣の鳥はしわがれた声で人語を操り始めた。広場は騒然となる。
「我は宣言す。これは復讐なり。主の無念を晴らさんが為、ここに集いし者たちに鉄槌を下そうぞ」
広場は騒然とする。兵士たちがカラスを追い立てる。しかしカラスは空へと舞い上がる。
空へ逃げられたらどうすることも出来ない――誰もがそう思った時、聴衆の中で立ち上がる背の高い影があった。
「『竜巻の箱(トルネードボックス)』!」
アーノルドだ。彼は懐に忍ばせていた『竜巻の箱(トルネードボックス)』を取り出すと、カラスに向けて発動した。
カラスは風魔法の渦に絡めとられ、ズタズタに全身を引き裂かれて地面に落ちる。
辛うじて生きているようだが、もう何も出来ないだろう。マティアスや兵士たちは安堵する。
「殿下に請われ、魔術兵器の試作品を幾つか持ってきて正解でした」
「助かったぞ、アーノルド。しかし魔国総督マルファスの使い魔が王都に侵入していたとは……この王都には神聖結界が張られ、邪悪な存在は入り込めなくなっている筈だが――」
アンダーソン子爵がギクリと肩を揺らす。その様子に気付いたアーノルドが彼に視線を向け、口を開こうとした時――。
「きゃああああああああああっ!!!」
「うわあああああっ!!」
「な、なんだ、どうなってるんだよ!!?」
聴衆の中で複数の悲鳴があがった。
悲鳴だけではなく、怒号や混乱の声も響き渡る。
何事かと見ると、聴衆の中に暴れている者たちがいる。
彼らの目は血のように赤く濁り、ブツブツとうわごとを呟きながら近くにいる人を襲っている。
「コロ……ス、コロス、コロス……!」
「人間……滅ボセ……主ノ為ニ……!」
「い、いやああぁっ!! 助けてええぇッ!」
「こっちに来るな! 化け物どもめ!」
広場は混乱に包まれる。
その様子を見届けると、カラスは満足そうに「Nevermore(二度とない)」と呟くと、息を引き取った。
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