第14話 その頃、王都では……(ミディア視点)
物心ついた頃、ミディアはなぜ異母姉のネリネが自分とは違う扱いを受けているのか分からなかった。
お友達の家では、姉妹は仲良く遊んでいる。
優しい姉はおてんばな妹を優しく嗜め、可愛い妹は素敵な姉に懐いている。
そんな光景を、幼いミディアはいいなあと思いながら見つめていた。
ミディアにも姉がいる。三つ年上のネリネ・アンダーソンだ。
母親は違うらしいけど、姉妹であることに変わりはない。
だけどネリネはいつもボロボロの服を着せられて、家の仕事を押し付けられて、いつも一人で粗末なご飯を食べている。
ミディアは綺麗な服を着て、たくさんのお稽古事をさせられて、美味しいご飯を食べさせてもらっている。
同じ家族なのに、どうしてここまで違ってしまうのだろう?
ミディアはネリネと遊びたかった。「お姉様」と遊んでみたかった。
だからある日、ミディアから誘ってこっそり屋敷を抜け出して街へ行った。
『お姉様、こっちよー!』
『待って、ミディア!』
わずかな時間、ミディアはネリネに甘え、ネリネはミディアを可愛がった。
二人で手を繋いで歩いたり、露店で買い物をしたり、クレープを食べたりした。
とても楽しい時間だった。……でも屋敷に帰ると、怒り狂った父が待ち構えていた。
その後のことは、よく覚えていない。思い出そうとすると頭の中が真っ白になる。
とにかく恐ろしかったという感情だけを、辛うじて覚えている。
そして頬を赤く腫らした母が、泣きながらミディアに頼んだ。
『お願いだから、もうネリネさんに構わないで……旦那様はあの娘を憎んでいるわ……あの娘に情をかけると、私たちまで酷い目に遭うわ……!』
……それからミディアは、両親に従ってネリネを使用人として接するようになった。
もう二人で遊びに行くこともなければ、姉だとも思わないようにした。
そうしなければ父が不機嫌になる。そしてあの恐ろしい時間が再来してしまう。それが何よりも怖かった。
何かトラブルがあると、ミディアはネリネのせいにするようになった。そうすれば父が喜ぶからだ。
『私のドレスが汚れてる。ネリネがやったに違いないわ』
『お庭で転んだのはネリネのせいよ。ネリネが私を突き飛ばしたの』
『私がお風呂に入っている間に、ネリネは洗濯を終わらせていなかったわ。私を裸で放り出そうとしたのよ』
『ネリネは前の奥様の娘だから、私たち家族を妬んでいるのよ』
そうやって事あるごとにネリネのせいにしていたら、いつの間にか「アンダーソン家のネリネは妹ミディアを虐めている」という噂が流れるようになった。
ミディアはその噂を否定しなかった。その方が都合が良かったからだ。
それに――魔法学院に入学する頃には、ミディアはネリネを妬むようになっていた。
持つ者であるミディアが何故ネリネを妬んだのか? 理由は単純。
ネリネの婚約者、ローガン・オニールの存在だ。
ネリネは幼い頃から婚約者が決まっていた。それがローガン・オニール伯爵令息。
なんでもネリネの実母が生前に取り纏めた縁談話らしい。
そしてネリネが十八歳になり、魔法学院を卒業したら結婚することになっていた。
(ネリネはずるい……ネリネには逃げ場がある。結婚したら家を離れられるわ。でも私は婿養子を取って家に残るように言われている……一生お父様から逃げられないわ……!)
ネリネを虐めるようになったのも、ミディアが歪んでしまったのも、全ては威圧的な父親が怖かったからだ。
幼い少女にとって、大人の男である父親の暴力と不機嫌は凶器も同然だった。
(……そうだ、私がローガン様と結婚しよう。幸いローガン様はネリネを好いていないようだわ。両家の婚約は『アンダーソン家とオニール家の約束』だから、アンダーソン家の娘である私でも問題ないわ!)
結婚して家から離れる。あの威圧的な父親から逃げ出したい。
そう思ったミディアはローガンを篭絡した。元々ネリネに不満があったローガンは、あっさりミディアの誘いに引っ掛かった。
そしてネリネとローガンの婚約は解消され、ミディアとローガンが結ばれることになった。
相手が格上のオニール伯爵家では父も文句を言えず、二人の縁談を認めた。
――しかし、一つ大きな誤算があった。
ミディアがローガンと結婚しようとしたのは、家から逃げたかったからだ。
威圧的で恐ろしい父から逃れたかった。暴力をふるわれた過去がトラウマとなり、二度とあんな目に遭いたくないと強く願っていた。
だが結婚相手に選んだローガンもまた、父と同じタイプだったのだ。
相手が思い通りに動かないと不機嫌になり、時には「躾」と称して暴力をふるう。
今までは紳士的だったのに、婚約が決まった途端、ローガンは本性を現した。
ミディアはローガンと婚約したことを後悔したが、時既に遅し。
もはやアンダーソン家に身代わりになる娘はいない。
ミディアはネリネに辛く当たってしまった事や、彼女を追い出してしまった事を後悔しながら、夜ごと枕を涙で濡らしていた――。
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