第29話 血の実験

 それからネリネたちは他の場所も見回り、魔物が出ているところはアーノルドが退治して回った。

 負傷者たちが何人かいたので、馬車に乗せてルイエへと運び、医療院に集めて治療する。


「応急処置(ファーストエイド)」

「おお、痛みが消えた……!」

「ありがとうございます!」

「いえいえ」


 ネリネは笑顔で応える。治療を終えてアーノルドの元へ戻ろうとすると、一人の男性が近付いてきた。

 彼は腕から血が出ていた。ネリネは彼に駆け寄る。


「あの……大丈夫ですか? 見せてください」

「…………」

「? どうしたんですか?」

「アグ……ゥ、ア……アァ……」


 彼は無機質な瞳でネリネを睥睨する。腕に深い傷があるようだが、まるで痛みを感じていないようだ。

 その態度にただならぬ気配を感じたネリネは後ずさりする。が、距離を取るより早く、男の手がネリネの腕を掴んだ。

 男はネリネを引き寄せると、彼女の首を絞める。息苦しさにネリネは喘いだ。


「うぐぅっ……!?」

「タ……助ケ、テ、クレ……ッ!」


 なぜか首を絞めている男の方が助けを求めるように言う。

 首が締まり、ネリネは意識が遠ざかる。視界がぼやけて見えなくなる。

 このまま死んでしまうのだろうか……こんなところで……。

 その時、男の手がネリネの首から離れた。床に放り出されたネリネは咳込んだ。


「げほっ、ごほ……っ」

「大丈夫か!?」

「アーノルド様……」


 男がネリネから手を離すと、アーノルドが彼を押さえつけた。


「貴様、何をするつもりだ!」

「……ア……ウゥゥ……」

「……この気配、貴様、さては魔物だな? ならば――」


 アーノルドは剣を抜いて男の首に突き付ける。殺すつもりだ。そう思ったネリネは咳込みながらも止める。


「ま……待ってください、アーノルド様! その人は助けを求めていました……わ、私に考えがあります……!」

「ネリネ? 大丈夫なのか!?」

「はい……それよりも、その人を抑えていてください……」

「あ、ああ……」


 ネリネは立ち上がると、倒れている男性に近づく。

 男の瞳は赤く濁っていた。……やはり思った通りだ。従属魔法で魔力を吸い上げ過ぎた時のアーノルドの症状とよく似ている。ならば――。


「……『浄化(ピュリフィケーション)』」


 男の額に手を当てて浄化魔法を発動させる。

 すると男の体は光に包まれ、目の色が正常に戻っていく。


「……あれ?」

「良かった、元に戻ったみたいです」

「ぼ、僕は……うぅっ、一体何を……」

「ネリネ、これはどういうことだ!?」

「はい。恐らく何らかの方法で魔物の魔力が体内に入り、暴走していたのだと思います。従属魔法を使い続けた時のアーノルド様と似た症状です。それなら『浄化(ピュリフィケーション)』を使えば、魔物の衝動を浄化できるのではないかと思いました」

「なんと……おい、お前は何者だ? なぜ魔物の魔力を取り込んでいた?」

「それが――」


 男は頭を抱えながら話し始める。どうやら彼は、この近くの農村・カーム村に住む村人らしい。

 だが先日、カーム村が魔物に襲われた。知能が高いタイプの魔物だったらしく、村人たちはすぐには殺されなかった。

 しかし村人たちは魔物の実験台となった。

 実験の内容は、『魔物の血液を投与されること』だ。

 魔物の血は人間にとって猛毒だと言われている。

 その為、大半の村人は死んでしまった。

 僅かな村人は生き残ったが、その精神は汚染され、自我を魔物の衝動に塗り替えられてしまったのだ。

 表向きは普通の人間に見える。だからこの街に侵入させ、内側から破壊活動をさせようと狙っていたのだろう。


「なんてことを……!」

「……おそらく、彼らの村を襲ったのは魔国からの工作員だろう。正攻法では攻め落とせないと判明したから、小賢しい策を弄し始めたようだな」

「そんな……!」

「俺がもう少し早く気付けば、被害を抑えられたかもしれない。すまない……」

「アーノルド様は悪くありません、悪いのは魔国の人たちです! それに、まだ助けられる人もいます! 他にも生き残って街に潜伏させられた人たちがいるんですよね?」

「は、はい……僕は一番最後に魔物の血を投与されたので、何人いるかは知っています。あと十人、この街に潜んでいます……」

「その人たちも浄化しましょう! どこに潜伏しているか分かれば、すぐに浄化できるのですが――」

「ならば俺が調べよう。持ってきた魔術道具を応用すれば、魔物の魔力を検知して居場所が分かる」

「お願いします、アーノルド様!」


 アーノルドは魔術兵器を用いて、街に潜む魔物を発見して回る。

 兵士にも協力してもらい、殺さないように捉えるとネリネが浄化する。


「『浄化(ピュリフィケーション)』!」

「ウガァッ! ……はっ、私は何を……!?」

「良かった、正気に戻りましたね」


 そんな調子で街に潜む十人すべてを発見して正気に戻していった。

 これで全ての住民の安全を確保できたことになる。

 その夜、二人は街に用意された宿屋で休むことになった。

 最高級の宿屋の最上階の部屋をそれぞれ用意される。

 二人は宿の一階にある食堂で夕食を食べながら、お互いの労をねぎらう。


「アーノルド様、お疲れ様でした」

「ああ、ネリネこそご苦労だったな。まさかこんな形で街の中が混乱に巻き込まれるとは思わなかった」

「でも、全員助けられて良かったです」

「……君がいなければ、彼らを救うことは出来なかっただろう。ネリネが首を絞められているのを見て、頭に血が昇ってしまった。あの時止めてくれなければ、俺は彼を手にかけていただろう。領主である俺が領民を殺すなどあってはならない事態なのに……」

「アーノルド様……」

「今回の件で改めて確信した。俺には君が必要だ、ネリネ。これからも側にいてほしい」

「はい、もちろんです」


 ネリネは微笑んだ。自分が役に立てたと知って嬉しかった。

 そしてアーノルドが自分を必要だと言ってくれたことが何よりも嬉しい。


「さあ、明日も早い。そろそろ休もう」

「はい。……あっ!」


 席を立ったネリネはふらついて倒れそうになる。

 今日はずっと『浄化(ピュリフィケーション)』を使い続けた。

 自分でも気付かないうちに疲労が溜まっていたようだ。

 だが、そんなネリネをアーノルドが抱き留める。

 彼の胸に顔を埋める形になったネリネの顔は真っ赤に染まった。


「無理をするな。君はいつも頑張っているんだからな」

「はい……ありがとうございます」

「部屋まで送ろう」

「いえ、一人で歩けますから……きゃっ!?」


 ネリネはアーノルドに抱き上げられる。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。

 そのままネリネを抱きかかえたまま、アーノルドは階段を上っていく。

 ネリネは恥ずかしさのあまり縮こまった。


「ア、アーノルド様、降ろしてください……!」

「ダメだ。また倒れてしまうぞ」

「うぅ……」


 ネリネは観念して大人しくすることにした。

 もう疲れ果てていて抗う気力すらない。

 アーノルドの温もりを感じながら、彼の胸板に頭を預けた。

 すると、急速に眠気が襲ってきた。ネリネはアーノルドに抱かれたまま、部屋に着く前に寝てしまう。


「おやすみ、ネリネ」


 意識が完全に途切れる寸前。アーノルドの優しい声が耳元で聞こえた。

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