第28話 城塞都市ルイエ

 そして数日後、ネリネはアーノルドに同行して屋敷を出る。

 魔物が多く出没する地域での討伐任務なので、馬車に乗って移動する。

 アーノルドの隣にはネリネが座っていた。


「あの、アーノルド様。今回の目的地についてもう一度教えてください」

「今回の行先は魔国との国境最前線、城塞都市ルイエだ。この国で最も魔物の出現が多い場所だな」

「魔国……」


 魔国という言葉を聞いて、ネリネは不安げに表情を曇らせる。

 魔国は人間にとって危険な土地だ。魔物が支配する魔境である。

 魔王が君臨し、魔物はそこで暮らしているらしい。


「国境警備は怠っていないが、魔物の侵入を完全に防ぐことは出来ていない。魔国の者たちが我が国に侵入して悪事を働くことがある。それを防ぐために、俺は定期的に魔国との国境を巡回している」

「そうなのですね……」

「不安か?」

「はい、少し……」

「心配はいらない。俺が必ず君を守る」

「はい」


 アーノルドは優しく微笑む。ネリネも安心して笑い返した。


「ネリネは戦わなくていい。君に求めるのは『応急手当(ファーストエイド)』の治療と『修繕(リペア)』で壊れた家屋の修理だ」

「はい、頑張ります」

「よし、そろそろ着くぞ」


 窓の外を見ると、巨大な壁に囲まれた街が見えてきた。

 城塞都市ルイエ。

 魔物の襲撃に備えて築かれた堅牢な砦であり、難攻不落の要塞でもある。

 堅牢な城壁のような外壁。城壁の内部は都市機能を備えている。

 城門が開き、馬車は街の中に入る。そこに建ち並ぶ家屋も、機能性を重視した造りになっている。


「ルイエは魔国を監視する役割も担っている。だから基地のようになっているんだ」

「とても頑丈そうなお家が多いですね」

「ああ。万が一の事態に備えて、魔術兵器も複数配備されている」

「ま、魔国が攻めてくることって、今でもあるんですか……?」

「昔はよくあったが、最近はめっきり減っているな。三年前、魔物軍主力部隊を壊滅させてからは大規模な戦争は少なくなった。ただしその分、小規模な小競り合いは絶えないがな」


 魔国との戦争。これまで平和な王都で暮らしてきたネリネにとって、それは非現実な世界だった。

 しかし紛れもなく同じ国で起きていた出来事だ。

 魔法も魔術も、本来は魔国と戦う為に磨かれてきた技術だ。

 その力がなければ、ネリネたちは魔国に蹂躙されていただろう。


(私たちはこの人に守られてきたんだ)


 今更ながらに実感する。自分はアーノルドたちに守られて生きているのだと。


「アーノルド様! 着任早々失礼します! 現在、北の森にてガーゴイルの群れが発生しております! 至急応援をお願いいたします!」


 衛兵の詰所へ行くと、甲冑を着た兵士から報告を受ける。


「分かった、すぐに向かう!」

「お供致します」

「頼む」


 ネリネはアーノルドが駆る馬に一緒に乗り、目的地に向かう。

 現場に到着すると、そこでは兵士や冒険者らが必死に戦いを繰り広げていた。


「怪我人は下がれ! 応急処置を施す!」

「こちらへどうぞ! 重症の方から優先的に治療します! ――『応急手当(ファーストエイド)』!」


 ネリネの生活魔法の力は、屋敷での生活でさらに磨きがかかっていた。

 以前は骨折は癒せなかったが、今では癒せるようになっている。


「おお、ありがたい……!」

「助かりました、ありがとうございます!」


 幸い死者はまだ出ていないが、負傷者は多い。

 ネリネが治療している間、ガーゴイルの群れの前にはアーノルドが立ちはだかった。

 ガーゴイルは石の体を持つ悪魔だ。背中には悪魔の羽根が生えていて、空中から急降下して人々を攻撃する。

 反対に地上からの攻撃は当たりにくく、一方的に蹂躙されるようになってしまう。

 だがアーノルドは顔色一つ変えずに、懐から小さな箱を取り出した。


「飛行タイプにはこれを使ってみるか。『竜巻の箱(トルネードボックス)』」


 小箱の蓋を開けると、そこから風が巻き起こり、風の渦がガーゴイルたちを襲う。

 風の渦に触れた瞬間、ガーゴイルたちの体がバラバラに切断されていく。


「すごい……あれは一体何なのですか!?」

「あれは魔術兵器です。強力な殺傷能力を持つ兵器なんですよ。アーノルド様が作ったんです」


 兵士の疑問にネリネは答える。日頃アーノルドは屋敷の書斎や研究室に籠っている。そこで彼は魔術兵器の研究・開発を行っていた。専属使用人としてアーノルドのお世話をしてきたネリネは、そのことを知っていた。


「アーノルド様。その兵器があれば、空にいる敵も怖くありませんね」

「そうだな。魔物軍主力との戦いでは、魔法を使えない兵士が飛行戦力相手に苦戦させられたからな。飛行タイプを無効化する魔術兵器の開発に力を注いでいた。幾つか持ってきたから要所に設置しよう」


 それからネリネは負傷者の治療を続け、アーノルドは魔術兵器を設置して回った。

 アーノルドの魔術兵器は魔物にのみ反応するようになっており、人間が近付いても発動しない。

 風魔法の『トルネード』『ウインドカッター』などの術式が刻まれている。

 動力は魔力。人間が魔力を注ぐか、魔石などの魔力を含むアイテムを設置することで発動する。


「これで一通り片付いたな」

「はい。お疲れ様でした」

「後はこの辺りの見回りだけだ。ネリネ、一緒に来てくれるか?」

「はい、お伴させていただきます」


 ネリネはアーノルドの後ろを歩く。彼の広い背中を誇りに思って見つめた。

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