第31話 ふたりの共同作業

「……さて、どうするか」

「アーノルド様? どうなされたのですか?」


 明日村を離れるとなった日。アーノルドは村の外れで腕を組んでいた。


「ああネリネか。明日この村を離れるだろう。ここまで復興に尽力した以上、もしこの村が再び魔物に襲われたらと思うと気が気でなくてな……」

「お気持ちは分かります。けれどアーノルド様が村の周囲に魔術兵器を配置してくれましたから、大丈夫ではないでしょうか?」

「だといいのだが……今回のように、直接攻撃するのではなく内側に潜んで工作される恐れもある。出来れば王都のように、魔物が入り込めない結界を張れればいいのだが……あいにく聖属性魔法は専門外なのでな」

「聖属性魔法……」

「だがこのままではまた同じ悲劇が繰り返される可能性がある。何か策はないだろうか?」


 アーノルドは真剣な表情でネリネを見る。

 聖属性魔法。それはネリネの実家、アンダーソン子爵家が代々得意とする魔法だ。

 だがネリネは聖属性魔法の適性がなく、生活魔法しか使えなかった。

 魔物を入り込ませない結界を張る力は、ネリネにはない。

 しかしネリネは幼い頃から、家中の雑用を押し付けられてきた。

 その中には父であるアンダーソン子爵の部屋や書斎の片付けもあった。

 だから聖属性魔法の結界がどのような原理、どのような術式で発動するのか知っている。

 もちろん聖属性魔法適性のない自分には発動できない。

 だがアーノルドの魔術兵器の技術と組み合わせれば、あるいは――。


「……アーノルド様。私に考えがあります。それは――」


 ネリネは自分の考えをアーノルドに伝える。

 彼女が知る聖属性魔法結界の術式を、アーノルドの魔術兵器に組み込む。

 あるいは応用して結界発動装置を開発する。

 それを村を囲むようにして設置すれば、村には結界が張られる筈だ。

 そうなれば魔物は侵入できなくなる。


「なるほど……面白い発想だ。しかしそんな事が本当に可能なのか? 神聖結界は聖属性魔法の使い手でなければ発動できないというのが常識だぞ」

「それを言うなら、きっと十年前はアーノルド様の魔術兵器のような兵器も絵空事でしたよね」

「……確かにそうだな。よし、やってみよう」


 不可能を可能にする技術。常識を覆す発想。地道な努力。英知の積み重ね。

 アーノルドとネリネは、それぞれの人生で培ってきたものを重ね合わせ、新たな可能性を生み出した。

 その夜は遅くまで二人の泊まる宿屋から明かりが消えることはなかった。

 そして、翌朝――。


「出来た……!」


 アーノルドの魔術兵器に、ネリネの知識を組み合わせた魔術道具が誕生した。

 風魔法を発生させる『竜巻の箱(トルネードボックス)』をベースに、風魔法ではなく神聖結界が発動する術式に書き換えて組み込んだ。

 その名は『聖域の盾(サンクチュアリシールド)』。

 起動させると半径三十メートル以内に、聖なる領域を展開する。

 その範囲内に足を踏み入れた邪悪な存在は、ダメージを負う。

 さらに『竜巻の箱(トルネードボックス)』の効果で風が発生し、邪悪な存在に対して自動的に攻撃を行う。

 つまり自動機能を備えた防衛システムが完成したのだ。


「すごいです! これでもう村は安全です! 侯爵様、ネリネさん、ありがとうございます!!」


 ネリネのアイデアで完成した『聖域の盾(サンクチュアリシールド)』を見て、村人たちは大きく沸いた。

 中には涙を流す者さえいた。

 アーノルドはそんな村人たちを見て、ふっと微笑む。


「礼を言うには及ばない。道具はただの道具に過ぎない。これから村が本当の意味で復興するかどうかは君たちの力にかかっている。俺たちはほんの少しだけ手助けをしただけだ」

「しかし……いえ、そうですね! 私たちの力で必ずやこの村を復興させます!」

「ああ、頼んだぞ」


 こうしてアーノルドとネリネは、涙を流す村人たちに見送られながら村を後にした。

 二人は馬車に乗り、帰路につく。


「アーノルド様、なんだか楽しそうですね」

「そう見えるか?」

「はい。とても」

「……そうかもしれんな。俺はずっと自分の力を破壊にばかり活かしてきた。だが……あの時、俺の発明品が人々の笑顔に繋がるのだと知って嬉しかった。誰かを救うのが嬉しいと思ったのは初めてだった」

「アーノルド様……。私も、アーノルド様と一緒に何かを作るのはとても楽しいです。だからまた一緒に作りたいです」

「そうか……そうだな。これからもよろしく頼む」


 二人は微笑み合う。そしてアーノルドはネリネに問いかける。


「ところで、ネリネ」

「はい?」

「君が教えてくれた知識はとても役立った。だが、あれは教えてしまって良かったのか? 聖属性魔法――特に神聖結界ともなれば、アンダーソン家にとって門外不出の知識の筈だ」


 門外不出の魔法知識を外部に漏らすことは、その一族が持つ既得権益を損なうことを意味する。

 現在アンダーソン子爵家が王国で重宝されているのも、神聖結界を張る力を有しているからだ。

 だから国内でも一目置かれている。

 もし聖属性魔法が使えなくなったら、あるいは神聖結界の価値が暴落すれば、アンダーソン家は一気に立場を失うことになる。


「……いいんです。神聖結界――聖属性魔法の力は、女神様から選ばれた一族に与えられた力だと聞いています。家の利益を守る為に、目の前で犠牲になるかもしれない人々を見過ごす方が、女神様の意に反してしまうでしょうから」

「ネリネ……」

「そもそも神聖結界の力が辺境には及ばないから、この地はこんなに荒れてしまったのでしょう。だったら、少しでも多くの人を助けられるようにしたいです。つまらない既得権益に拘泥するよりも、一人でも多くの人の命を救うことに意味があります」

「そうか……そうだな。君はそういう人間だったな」

「え? どういうことですか?」

「俺も同じことを思っていた。君の言う通り、今この国に必要なのは、より多くの人を助ける為の力だと思う。その為ならば、俺の持つ魔術兵器の技術を惜しまず使おう」

「アーノルド様……!」


 ネリネは瞳を潤ませる。


「ありがとうございます……っ」

「礼を言われることじゃないさ。これは俺自身の意志だ」

「それでも言わせて下さい。私はアーノルド様と出会って、自分の生きる目的を見つけたんです」

「俺と?」

「はい。アーノルド様のおかげで、私にも価値があるって思えたんです。私にしか出来ないことが、あるんだなって」

「俺の?」

「私は今まで、自分なんて誰にも必要とされていないと思っていました。でもアーノルド様は私を必要だと言ってくれました。それがすごく嬉しくて、私にも価値はあるんだって思えるようになりました」

「ネリネ……」


 アーノルドはネリネの肩に手を置く。


「改めて言わせてくれ。俺の屋敷に来てくれて、ありがとう。俺もネリネと出会ってから多くの変化があった。それらは全て自分にとって好ましい変化だったと思っている」

「本当ですか? じゃあ私達、似たもの同士なんですね。……ちょっと嬉しいです」


 ネリネは満面の笑みを浮かべた。アーノルドもつられて笑う。

 やがて二人の乗った馬車は、ウォレス侯爵家へと続く街道を進んでいった。

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