第6話 生活魔法でお料理

 早朝の掃除が終わると、朝食の時間が近付いてきた。


「ネリネ、君は家事を一通り出来ると言ったな」

「はい、アーノルド様」

「なら次は料理を作ってみてくれ。厨房にはルドルフに案内させる」

「かしこまりました」


 アーノルドに言われた通り、ネリネはルドルフに連れられて厨房へと向かう。

 厨房には一人の料理人がいた。赤い髪色をした若い女性だ。

 頭の両サイド、ちょうどルドルフにとって獣耳がある場所から黒い二本の角が生えている。ルドルフ同様、彼女も人間ではないようだ。


「あ、その子が花嫁改め新しい使用人の子? あたしフレイヤよ。よろしくね!」

「はい、こちらこそ宜しくお願いします! ネリネ・アンダーソンと申します!」

「ネリネちゃんね! よし、覚えたわ!」

「あの、ところでフレイヤさんは……」

「あたしは火竜(サラマンダー)なの。ほら、この尻尾でわかるでしょ?」

「えっ……? 火竜……!?」

「そう、火の魔物よ。炎魔法が得意だから、料理もバッチリ任せてね!」


 火竜とは炎を操る竜族の魔物だ。とても凶暴で恐ろしい魔物だという話を聞いたことがある。

 しかし今目の前にいるのは、ネリネとそんなに年齢が変わらなさそうな少女である。

 だけど確かに頭にはツノがあって、メイド服のスカートからは赤いトカゲのような尻尾が覗いている。よく見れば爪も長くて鋭くて黒い。


「フレイヤ。ネリネはアーノルド様から料理をするように言われたんだ。君が教えてあげてくれよ」

「へえ、料理を手伝ってくれるのね! それは助かるわ!」

「それじゃ頼んだよフレイヤ」

「分かったわ、ルドルフ」


 ルドルフはフレイヤにネリネを託すと厨房を出て行った。残されたネリネは、改めてフレイヤに挨拶をする。


「ネリネです。これからよろしくお願いいたします」

「うん、それじゃあ早速作ろうか!」

「何をお作りすればいいでしょうか?」

「直火焼きステーキよ! 朝はやっぱりステーキよねえ!」

「えっ……? ええっ……?」


 直火で焼くということは、肉を丸ごと焼けということだろうか。そんなことをしたら炭になってしまう。

 しかしフレイヤはお構いなしに食料保管箱から牛肉の塊を取り出すと、適当な大きさにブツ切りにしてフライパンにのせる。そして指先をパチンと鳴らして薪を燃やした。火柱がフライパンごと肉を包み込む。


「ひっ、ひええええぇぇぇっ!?」

「あははははははっ! 燃ーえろよ、燃えろーよー!」


 フレイヤは歌いながら肉に唐辛子や塩胡椒を豪快に振りかける。

 いや、振りかけるなんてものじゃない。塩の塊や、トウガラシの身をそのままフライパンにぶち込んでいる。

 呆然とするネリネの前で、肉はあっという間に真っ黒な消し炭となった。


「はい、出来上がり! 直火で炙ったステーキよ!」

「いやいやいや、焦げてますよね!? もはや炭の塊じゃありませんか!?」

「えー、そう? ねえルドルフ、これって駄目かしら?」

「うーん、僕にはいつも通りのステーキに見えるけどね~」

「いやいやいや!!!」


 ネリネは頭を抱える。……そういえば昨夜食べた料理もこんな感じだった。

 あれもフレイヤが今みたいな感じで調理していたんだろう。そう考えると納得だ。


「えっと、お掃除とおんなじです! 多分、魔物の皆さんと人間では感性に隔たりがあるんだと思います! その、人間の場合、もっと違う調理方法じゃないと効率的に栄養を摂取できないというか……とにかくそんな感じです!」

「そう? でもアーノルド様は文句言わずに食べてるけど……」

「でもお肌の色とか、あまり健康的ではありませんよね!? 食に無頓着な方なのかもしれませんが、やっぱり栄養摂取は大切ですから……!」

「そっかぁ、人間には別のやり方が必要なのね。よし、それならネリネちゃんの言う通りにするわ!」

「そうだね、アーノルド様は人間だしね~。でも人間の好きな味付けや体にいい食べ物なんて魔物には分からないから、ネリネが作ってみておくれよ」

「かしこまりました! 食材は自由に使って構いませんか?」

「ええ、もちろん構わないわ!」

「メニューも考え直していいですか? 今のメニューだとお肉ばっかりで栄養が偏ってしまうので……」

「ああ、人間って肉ばかり食べてちゃダメなんだっけ? 大変よねぇ。あたしたち肉食系の魔物は、食事なんて毎日肉さえ食べてればいいのに。ねえ、ルドルフ?」

「うんうん。僕なんてこの一年間、ずっと肉しか食べてないよ」

「あたしも~!!」


 ……どうしよう。何だか不安になってきてしまった……。

 この屋敷に常識人はいないのかと。だが、いつまでも戸惑っている場合ではない。

 ネリネは気を取り直し、新たな料理に挑戦することにした。


(早く料理を作って、アーノルド様に栄養ある料理をお出ししないと……!)


 食料保管箱の中には、肉の他にも野菜や果物があった。これらを上手く組み合わせれば美味しい料理が作れるはずだ。


「何を作るの? ステーキ?」

「焼肉?」

「ハンバーグ?」

「ローストビーフ?」

「スペアリブ?」

「ビーフシチュー?」

「フライドチキン?」

「シュニッツェル?」

「ミートパイ?」

「ミートローフ?」

「一度お肉料理から離れてください!!」


 ネリネは魔物たちの言葉を遮るように叫ぶ。


「まずはサラダを作ります。それからスープとパン。それと――」


 頭の中でメニューを決めると、ネリネは包丁を手に取ってまな板の前に立った。そして生活魔法を発動させる。


「『お料理(クッキング)』」


 ネリネの魔力が調理器具に流れ込む。包丁が目にも止まらぬスピードで食材を切り始めた。頭の中でイメージした通りの形、イメージした通りの重さに切り分ける。


 フライパンでオムレツを作り、ウインナーを焼く。

 お鍋ではベイクドビーンズと野菜スープを作る。

 空いたフライパンでハッシュドポテトを作って、お皿に盛りつける。

 トーストを焼いている間にサラダを盛り付ける。

 ――わずか十分たらずで、目の前には立派な朝食が完成していた。


「ふぅ……完成しました。リウム王国風朝食です! いかがでしょう?」

「凄いわ、ネリネちゃん! 本当に短時間でこれだけの品数を!」

「うんうん、凄いよ! こんなに彩り豊かな料理は見たことないよ。いつも赤か黒だもんね~」

「そうね! あたしたち、肉か魚くらいしか食べないものね!」


 魔物たちは楽しそうに笑い合っている。しかし肝心のアーノルドは、まだ食堂に現れていない。


「アーノルド様はまだいらっしゃらないんですね」

「ええ、旦那様は仕事が忙しいからね」

「僕が呼んでくるよ。二人は料理をテーブルに並べておいて」

「かしこまりました!」


 ルドルフはアーノルドを呼びに厨房を出て行く。ネリネは出来上がった料理を食堂のテーブルに並べる。

 しばらく待つと、ルドルフに呼ばれてアーノルドがやって来た。


「この料理は、君が作ったのか?」

「はい、アーノルド様」

「……文化的だ……」

「えっ?」

「いや、なんでもない。早速頂こう」


 アーノルドは席に座ると、食前の挨拶を済ませる。そしてまずはスープを一口飲んだ。


「……! これは、美味いな……!」

「本当ですか? 良かった……!」


 ネリネはホッと胸を撫で下ろす。

 アーノルドは次にサラダを、さらに続けてオムレツを食べる。

 彼は無言のまま食事を続けた。その表情は、食堂に入ってきた時よりも遥かに柔らかくなっている。


「……ご馳走様。とても美味だった」


 アーノルドは食事を終えると丁寧にお辞儀をする。彼は完璧なマナーで、綺麗に完食してくれた。

 実家では、自分の作った料理にこんな風に礼儀を尽くされたことはなかった。ネリネは感動してしまう。

 使用人のルドルフもフレイヤも、魔物だけど良い人たちだ。

 そして主人のアーノルドは礼儀正しくて紳士的で、とても優しくしてくれる。ここはネリネにとって最高の職場かもしれない。


「ネリネ」

「はい、アーノルド様」

「君に料理を任せて正解だった。これからも頼むぞ」

「はいっ! 頑張ります!」


 ネリネは笑顔で返事をする。

 これからもアーノルドの為に美味しい料理を作ろう。そう思った。

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