第7話 その頃、王都では……(ローガン視点)

 一方その頃、王都では――。


「ローガン・オニール様! 婚約おめでとうございます!」

「新しい婚約者のミディア・アンダーソン様は輝かんばかりにお美しい女性ですね。いやあ、羨ましい限りです」

「はっはっは、みんな、ありがとう!」


 ローガンは夜会で大勢の貴族たちに囲まれていた。彼の周りに集まった人々は、口々に祝いの言葉を述べていく。

 傍らにはミディアがいる。姉のネリネは地味で質素でみすぼらしい女だったが、ミディアは違う。

 ミディアは華やかで美しい。おまけにリウム王国では希少価値の高い聖属性魔法の使い手というステータスもある。

 そんな女性と結婚できるのだ。これほど喜ばしいことはないだろう。


「ミディア、君は本当に美しい。まるで天使のようだ」

「うふふ、ローガン様も素敵ですわ」


 二人は手を取り合い、互いに微笑み合う。

 名門大貴族のオニール伯爵家と、聖魔法の名家アンダーソン家。両家の跡取りである二人の婚約は、貴族界にとって明るい話題となった。

 ローガンの前の婚約者だったネリネは、アンダーソン家の娘なのに聖魔法が使えなかった。

 それどころかほぼ全ての魔法に適性がなく、唯一適性があったのは生活魔法のみ。

 しかも見た目も地味でみすぼらしい女とあって、貴族界では物笑いの種だった。

 そんな女と婚約していたら、自分の格まで下げてしまう。ローガンは嫌で嫌で仕方がなかった。

 だから婚約破棄できて、そして美しいミディアと結婚できて、心の底から満たされていた。


「ふぅ……」

「おや、どうしたんだいミディア? 疲れたのかい?」

「ええ、ローガン様……今夜はなんだか妙に疲れますの。どうしてかしら……?」

「君は今日の昼、慈善活動をしていただろう。救貧院で炊き出しを手伝ったり、医療院では下層民の病や怪我を癒したり……そのせいで疲れたんじゃないか?」

「そうですわね……今まではお姉様に押し付けていましたもの。全然慣れていませんわ。今宵は早めに切り上げてもよろしいでしょうか?」

「……………………仕方がないな」


 ローガンは露骨に不機嫌になる。

 彼の予定では、今夜は貴族の連中にミディアを見せびらかして、もっと称賛を浴びるつもりだった。

 しかし彼女は体調が悪いと言う。それならば無理強いはできない。

 といっても、本心からミディアを気遣っている訳ではない。

 女性の不調も見抜けず無理をさせる男という誹りを受けたくないだけだ。

 ローガンは仕方なくミディアの手を引いてその場を離れた。


(まったく……せっかくの晴れ舞台だというのに、不調を訴えるとは。なんてワガママな娘なんだろうか)


 もう少し、男を立てる為に我慢できないものか。

 ローガンは不満げにため息をつく。

 彼にとって女とは、自分を飾り立てる為の宝石だ。アクセサリーだ。周囲に羨ましがられる為のトロフィーに過ぎない。

 だからみすぼらしい上に生活魔法しか使えないネリネのことは嫌いだった。

 そして美しいミディアのことは気に入っている。

 だがせっかく手に入れた宝石でも、見せびらかせないのなら意味がない。


(まあいい。これからいくらでも自慢する機会はあるんだ。今夜はさっさと寝かせてしまおう)


 そう思ったローガンは、今夜はミディアを帰らせて休ませることにした。

 夜会の会場を出るとミディアを馬車に乗らせる。


「おやすみなさい、ローガン様」

「ああおやすみ。また明日。……ん?」


 馬車が走り出す。別れ際、ローガンはミディアの横顔に違和感を抱いた。


(……あいつ、あんな顔をしていたっけ? なんだか少しやつれて見えたな。……いや、気のせいだな。夜の暗がりのせいでそう見えただけだ)


 ローガンは自分に言い聞かせる。

 なぜだか一瞬、ミディアの横顔がみすぼらしいネリネと似ているように見えた。

 ――まさか、そんなはずはない。

 あれだけ美しく可憐なミディアが、あんな地味でみすぼらしい女のわけがない。


「さあ僕たちも帰るぞ。早く馬を出すんだ!」


 ローガンは頭を振ると、御者に指示を出して屋敷へと戻った。

 ……この時の彼らは、まだ気付いていない。

 自分たちの未来が大きく変わってしまったことに――。

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